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内容分類「伝記的事項」の記事リスト

  1. 偉大なるネネムとスールダッタ
  2. 「滋賀県立農事試験場」跡地
  3. 「主観性」から「客観性」へ
  4. 廣川松五郎のアザミ
  5. 『大乗起信論』と賢治
  6. 「山川草木悉皆成仏」の由来(2)
  7. 心はとにかく形だけで...
  8. 「摂折御文 僧俗御判」の目的
  9. 「山川草木悉皆成仏」の由来(1)
  10. 賢治は日蓮主義者だったのか(2)
  11. 賢治は日蓮主義者だったのか(1)
  12. 1931年上京時に賢治が乗ったSL
  13. 宮沢賢治における「倫理」と「美」
  14. おお朋だちよ 君は行くべく...
  15. Attachment is forbidden...
  16. 存在否定から全称肯定へ
  17. 「〈みちづれ〉希求」の昇華
  18. 「〈みちづれ〉希求」の挫折と苦悩
  19. 優美な死骸
  20. シカゴの及川家の消息
  21. なぜ岩波茂雄あてに
  22. 世界の救済と個人の救済
  23. 幻の賢治の白バラ
  24. エマーソンの「大霊」と賢治
  25. トシの「願以此功徳 普及於一切」
  26. 「作品日付」と「文語詩篇ノート」の意味
  27. 「世界合一体験」から「重重無尽」へ
  28. 「「おかしな感じやう」の心理学」発表資料
  29. 賢治が聴いた餓鬼の声
  30. 賢治の貴種流離譚
  31. 賢治の他界観の変遷図
  32. 『屋根の上が好きな兄と私』
  33. トシ追悼過程における他界観の変遷
  34. よーさん、ホーゲー、デクノボー
  35. トシ追悼過程における≪鳥≫の系譜
  36. 3か月における死者観の変化
  37. 純粋贈与としてのトシの死
  38. 上原專祿の死者論──常在此不滅
  39. ありえたかもしれない結婚
  40. ネガとポジの行程
  41. あの世の入口
  42. 「トシの行方」の二系列
  43. 「牛」詩碑アップ
  44. 「〔船首マストの上に来て〕」の抹消
  45. 映画「ネバーランド」と「薤露青」
  46. 対馬丸の姿
  47. 親鸞の夢告の地
  48. 賢治は三浦参玄洞とは会わなかった
  49. 賢治と現代日本の死生観
  50. 賢治はいつトシは死んだと判断したか
  51. 「人首町」詩碑
  52. マリヴロンと虹
  53. 大内金助と「花巻納豆」
  54. あいつは二へんうなづくやうに息をした
  55. 万象同帰のそのいみじい生物の名
  56. 賢治は水族館を見たのか
  57. トシとアイスクリーム
  58. 「探索行動」としてのサハリン行
  59. 千の風になって
  60. 松岡幹夫著『宮沢賢治と法華経』
  61. なぜ往き、なぜ還って来たのか(3)
  62. オホーツク行という「実験」
  63. 三陸旅程後半に関する疑問いくつか
  64. 9月に比叡山でお話ししたこと(2)
  65. 9月に比叡山でお話ししたこと(1)
  66. 東山地区のポラーノの広場
  67. 産業組合のトラウマ?
  68. 大島丈志著『宮沢賢治の農業と文学』
  69. 福島の獣医千葉喜一郎氏
  70. 何をやっても間に合はない
  71. ヴェッサンタラ王の布施
  72. なぜ往き、なぜ還って来たのか(2)
  73. カツコウドリ、トホルベカラズ
  74. 岡田式静座法と賢治の催眠感受性
  75. タクミョウという有力情報
  76. タクナエかタクビョウか
  77. 賢治昭和2年上京説
  78. 山本鼎『自由画教育』
  79. 八十年前の暑い夏
  80. 美しい医院のあるじ(3)
  81. 熱と汗の四十日
  82. 美しい医院のあるじ(1)
  83. たとえ明日世界が滅びようとも…
  84. 純粋贈与とそのリレー
  85. 進退谷まったのです
  86. 墜落恐怖と恐怖突入
  87. どこ迄でも一諸に落ちやうとした
  88. うしろよりにらむものあり
  89. 京都帝国大学選科に進んだ人
  90. 釜石の叔父さん
  91. 「とし子」という呼びかけ
  92. 身熱の日々
  93. 宮澤賢治の世界感覚について
  94. 秋入学と春入学~鈴木東民と賢治~
  95. イーハトーブの経塚
  96. 雲と風の日
  97. あのくしゃくしゃの数字
  98. 賢治と嘉内の東京
  99. 小野浩という編集者/作家
  100. 賢治の素足
  101. 賢治の「往き」と「還り」
  102. 「光のすあし」は誰か
  103. なぜ往き、なぜ還って来たのか(1)
  104. 災害と賢治
  105. 奈良県農事試験場の場所
  106. 東北地方太平洋沖地震
  107. アグニ神との再会
  108. 東北砕石工場との「契約証」
  109. 鈴木卓苗先生
  110. 石灰岩の男
  111. 肥料→搗粉→壁材
  112. 陸中松川駅
  113. 自働車は飛ぶ
  114. 願教寺「島地大等」歌碑
  115. 大正屋果実店
  116. 日詰の桜
  117. 一関のミネさん
  118. 縁結びの賢治
  119. 発表のスライド
  120. 1921年と1931年
  121. 保阪嘉内「勿忘草の歌」
  122. 吉・吝・凶・悔(補遺)
  123. 吉・吝・凶・悔
  124. 賢治の誕生日
  125. 震災15年
  126. 札幌のミネさん
  127. 喪中の賀状
  128. 「恋の鳥」をめぐる賢治と嘉内の接点
  129. 賢治は「カルメン」を見たか(本篇)
  130. 「勿忘草」の人
  131. 賢治は「カルメン」を見たか(予告)
  132. 藤井青年団々歌
  133. 「にない堂」父子参詣説(4)
  134. 青年賢治の目ざした仕事
  135. ミネさんの結婚
  136. 東京デオ目ニカゝッタコロ
  137. 「要庵 西富家」がミシュラン☆☆
  138. 賢治の出生地住所
  139. 噴火湾で列車から汽船を見る
  140. チップの払い方
  141. 『宮沢賢治とサハリン』
  142. 『病床の賢治』
  143. 京都における賢治の宿(2)
  144. わたくしは森やのはらのこひびと
  145. 興福寺「阿修羅像」と賢治
  146. 飯豊森とゼリービーンズ
  147. 立松房子女史とマリブラン
  148. 「春と修羅 第二集」の「序」と労農党
  149. 瀬川貞蔵あて書簡
  150. 「慢」の時代
  151. 7日乗船説と9日乗船説(3)
  152. 7日乗船説と9日乗船説(2)
  153. 7日乗船説と9日乗船説(1)
  154. 岩手山とくらかけ山
  155. 徴兵検査にこだわった理由
  156. ミネさんは賢治入院を憶えていた
  157. 二人の「異途への出発」
  158. 雪の日に来る恋人
  159. にない堂父子参詣説(3)
  160. にない堂父子参詣説(2)
  161. にない堂父子参詣説(1)
  162. 運命の柏原駅
  163. 父子関西旅行の史料
  164. 賢治とイソップの出会い
  165. 本多日生と田中智学
  166. 旅行の準備・今昔
  167. 暁烏敏『わが歎異鈔』から
  168. 出町と出町柳
  169. ミヤケンと歩く京都地図(1)
  170. 二見浦と伊勢
  171. 桂橋際の「万甚さん」(2)
  172. 桂橋際の「万甚さん」(1)
  173. 「中外日報社」旧社屋は現存していた!
  174. 農商務省農事試験場畿内支場
  175. 「中外日報社」のあった場所
  176. 劇「種山ヶ原の夜」の報い
  177. 冥界としてのサハリン
  178. 1923年オホーツク挽歌行と1924年修学旅行
  179. 布袋「館」
  180. 坂本~比叡山~三条
  181. 1928年の日付入り詩作品
  182. 電信柱から高架線へ
  183. 初代フィンランド公使ラムステット氏
  184. 湖南航路
  185. 膳所駅~膳所港~石場浜~紺屋関
  186. 「石場浜乗船」のこと
  187. 光太郎・食堂など補遺
  188. 「聚楽の二階」の賢治と光太郎(2)
  189. 「聚楽の二階」の賢治と光太郎(1)
  190. 「公衆食堂(須田町)」について(2)
  191. 大正期東京市の「公衆食堂」
  192. 「公衆食堂(須田町)」について(1)
  193. きぬかけの路
  194. 花巻銀行の x、y
  195. 「対山楼」のあった場所
  196. 奈良における賢治の宿
  197. 謹賀新年・二見浦
  198. NHK「我が友 宮沢賢治」
  199. うさぎの心
  200. 五輪塔と追善供養
  201. 「どろの木」と「銀どろ」(2)
  202. 「どろの木」と「銀どろ」(1)
  203. 岩手丸
  204. 賢治~佐藤惣之助~阪神タイガース
  205. 1912年修学旅行の平泉
  206. あるものは火をはなつてふ(1)
  207. 1916年修学旅行の京都(2)
  208. 1916年修学旅行の京都(1)
  209. 京都府立農林学校・衣笠村役場
  210. 山しなのたけのこばた
  211. 舎監排斥事件と「手紙 四」
  212. 「雲とはんのき」の手宮文字(2)
  213. 「雲とはんのき」の手宮文字(1)
  214. 富士館と中村牧場
  215. 小樽商大・小樽公園・手宮洞窟
  216. 苫小牧~小樽
  217. 賢治詩の変容
  218. 白菜の種子
  219. 横浜開港資料館
  220. 「地人協会」から「肥料相談」へ
  221. 「市場」のあった場所
  222. 岩根橋発電所跡・補遺
  223. 詩「三月」の執筆年について
  224. 岩根橋発電所跡
  225. 賢治が愛したバラ(6)
  226. 結核療養期間
  227. 遮られた記憶~賢治と金田一家の人々(4)~京助篇
  228. 賢治が愛したバラ(5)
  229. 賢治が愛したバラ(4)
  230. 身も魂も~賢治と金田一家の人々(3)~他人篇
  231. 系図~賢治と金田一家の人々(2)~勝定篇
  232. 双子の碑~賢治と金田一家の人々(1)~國士篇
  233. 賢治が愛したバラ(3)
  234. 童児こさえる代りに書いたのだもや
  235. Four Lectures on Relativity and Space
  236. 賢治が愛したバラ(2)
  237. 賢治の元同級生が住んだ島
  238. 「第一回宮澤賢治友の会」写真
  239. その南の三日月形の村(2)
  240. 文語詩「隅田川」の舞台
  241. 修学旅行に使われた「布袋館」
  242. 京都における賢治の宿(1)
  243. その南の三日月形の村(1)
  244. 発動機船の乗船地
  245. 西ヶ原など
  246. 『未だ見ぬ親』
  247. 耳ごうど鳴って…
  248. 日詰の思い出
  249. 祀られざる神・名を録した神(2)
  250. 祀られざる神・名を録した神(1)
  251. 心象と心相
  252. チエホフだよ・・・
  253. 賢治の手帳
  254. 「宗谷〔二〕」に関する古天文学的検証
  255. 西洋料理店のような?
  256. 国柱会・妙宗大霊廟
  257. 「宗谷〔二〕」の紳士は貴族院議員?
  258. 1927年3月28日という日
  259. 「四っ角山」
  260. 「或る心理学的な仕事」
  261. 「文信社」発行の講義録
  262. 花巻(2)
  263. 80年目の「異途への出発」(3)