「或る心理学的な仕事」

 また昨日に続き、『宗教的経験の諸相』の話です。

 賢治が1925年2月に森佐一あてに出した手紙(書簡200)に、次のような一節があります。

・・・前に私の自費で出した「春と修羅」も、亦それからあと只今まで書き付けてあるものも、これらはみんな到底詩ではありません。私がこれから、何とかして完成したいと思って居ります、或る心理学的な仕事の仕度に、正統な勉強の許されない間、境遇の許す限り、機会のある度毎に、いろいろな条件の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象のスケッチでしかありません。・・・

 これは、賢治が自らの「心象スケッチ」についてどう考えていたかということを示す、貴重なコメントです。通常なら「口語詩」として分類されるはずのテキストについて、作者は「詩ではありません」と主張しますが、それならその目的であると彼の言う「或る心理学的な仕事」とは、いったい何なのでしょうか。
 また、岩波茂雄あての手紙(書簡214a)では、「わたくしはあとで勉強するときの仕度にとそれぞれの心もちをそのとほり科学的に記載して置きました・・・」と述べていますが、この「あとで勉強」というのも、上で言う「或る心理学的な仕事」に対応しているに違いありません。
 賢治は、「心象スケッチ」という未曾有の作業を通して、はたしてどんな「仕事」を企画しようとしていたのでしょうか。

 じつは私は最近、ウィリアム・ジェイムズの『宗教的経験の諸相』という本を読んで、その「心理学的な仕事」とは、まさに賢治がこの著作をモデルにして構想したものだったのではないかと思うようになりました。

 ジェイムズはこの自著について、「私は『宗教的経験の諸相』を、ある意味で、病的心理学 morbid psychology の研究だと見なしている」と述べています。
 これは、古今東西の有名・無名の陳述者が書き残した様々な宗教的な異常体験を克明に収集・記載し、それをもとに、人間にとって「宗教的経験」とははたして何であるかということを、分析し帰納しようとしたものです。集められた体験の大半は、今日の医学から見れば幻覚や妄想と分類されてしまうものですが、もちろんそれらが事実として人々に体験されたものであったことは、言うまでもありません。それを検討する著者の姿勢も、まさに「科学的」たろうとするものです。

 賢治は、おそらく上野の帝国図書館の閲覧室でジェイムズの『宗教的経験の種々』を繙いて、そこには自らも昔からしばしば経験するような不思議な「異空間」の出来事が、あたかも片山正夫著『化学本論』におけるように、客観的に記載されているのに驚いたのではないでしょうか。そして、自分も同じようにおのれの一風変わった「心象」を「科学的に記載」しておくことによって、異空間の存在の根拠づけに寄与できるかもしれない、彼はそう考えたのではないでしょうか。
 そしてそこから生まれたのが、自分の「意識の流れ」を、その深さによってさまざまな「字下げ」も駆使して記述する、彼独特の「心象スケッチ」だったのではないかと思います。

 『宗教的経験の諸相』の最後で、ジェイムズは結論として次のように述べています。
一.目に見える世界は、より霊的な宇宙の部分であって、この宇宙から世界はその主要な意義を得る。
二.このより高い宇宙との合一あるいは調和的関係が、私たちの真の目的である。
   (後略)

 この結論は、賢治にとっては自らの世界観・宗教観と、どこか通ずるものがあったのではないでしょうか。
 「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じていくことである」あるいは「われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である」など、『農民芸術概論綱要』の一節の雰囲気も、ここからは立ちのぼってくるではありませんか。