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宮沢賢治における「倫理」と「美」

 多くの人のいだく宮沢賢治のイメージというと、ストイックで、献身的で、信仰篤く、謙虚な人というようなもので、その人柄や作品からは、「倫理的」な要素を強く感じられるのではないでしょうか。
 現実の賢治の生き方を見ても、自分一人が幸せになるとか楽をするとかいうことは眼中になく、いつも他者のために尽くそうとしていたのは確かだと思われますし、そういうところはまさに「倫理に生きた人」という感じです。
 またその作品に目を転じても、「雨ニモマケズ」はその一つの典型ですし、童話では「グスコーブドリの伝記」とか「貝の火」とか「ひかりの素足」など、読んでいて胸が苦しくなるほどの倫理性を感じます。

 しかし、その一方で賢治という人は、上のような倫理性とは別の側面として、とにかく「美しいもの」には理屈抜きに陶酔してしまうところがあったのも事実だと思います。何かに感動すると、「ほほーっ」と叫んで飛び上がったり踊り出したりしたとか、かなりのお金をかけて浮世絵(春画も含む)やクラシック音楽のSPレコードを蒐集していたとかいうところなどは、彼の倫理とは全く別の問題で、いったん「美」に魅せられると我を忘れてしまう側面もあったということかと思います。

 賢治のこの「美的」あるいは「陶酔的」な側面は、その一部の作品にも表れています。たとえば「大礼服の例外的効果」という一風変わった短篇では、卒業式に臨もうとしている校長と、賢治自身をモデルにしたような「富沢」という卒業生との間の微妙な心理が描かれます。ここで校長は、富沢が式の最中に過激な行動に出ないかと怯えながらも、「卒業証書も生活の保証も命さへも要らないと云ってゐるこの若者の何と美しくしかも扱ひにくいことよ」と嘆息する一方、富沢は校長の大礼服の「こまやかな金彩」が「明るい雪の反射のなかでちらちら顫へ」るのを見て、「恍惚としながら旗をもったまゝ校長を見てゐた」のです。
 ここでは、校長は本来校長としての威厳をもって学生に君臨すべきところ、富沢の心意気に「美」も感じつつ気圧されてしまいますし、また富沢の方も平素は権威だとか「国体」などというものについて何か言いたげな様子なのに、校長の大礼服の美しさに見とれて、ただ恍惚としてしまうのです。
 つまり、両者それぞれが持っているはずの「倫理」が、「美」に圧倒されて消し飛んでしまっているかのようです。

 あるいはまた、「鹿踊りのはじまり」においては、鹿たちが繰り広げる踊りや歌の素晴らしさに感動した嘉十が、「じぶんと鹿とのちがひを忘れて」しまい、「ホウ、やれ、やれい。」と叫びながら、鹿の前に飛び出します。すると当然ながら鹿は一瞬で逃げてしまい、嘉十は一人残されて「にが笑ひ」をするしかありませんでした。
 ここでは、鹿の踊りや歌が孕む「美」のために、人間と動物の間の境界線という「倫理」が、忘れられ破られてしまうという事態が起こっているわけです。

 上のような例に表れているように、「倫理」と「美」というのは、その両方が同時に実現されるということはなかなか難しく、一種の対立関係にあるように見えることもしばしばです。少なくとも上の二つの作品においては、両者は並び立っていません。
 そこで、このような「倫理」と「美」の両立困難性という観点から、賢治の作品を二種類に分類することができるかもしれません。「倫理>美」になっている作品と、「倫理<美」になっている作品の、二種です。

 この分類に当てはめると、最初に挙げた「雨ニモマケズ」「グスコーブドリの伝記」「貝の火」「ひかりの素足」は、「倫理>美」の代表ですし、次に挙げた「大礼服の例外的効果」や「鹿踊りのはじまり」は、「倫理<美」の例と言えるでしょう。
 ただこのように分けてしまうと、賢治は「倫理」と「美」という二つの価値を、両立不可能と見なし、個々の作品によってどちらか一方を表現しようとしていたかのようにも見えてしまいますが、実際にはそうではなく、むしろその逆だったとも言えるでしょう。賢治は、「倫理」と「美」の両方を作品中で同時に達成すべく、本気で追求しつづけていたのだろうと、私は思います。すなわち彼の作品には、この二つの契機が高い緊張感とともに、ギリギリのところでバランスをとろうとしている例も、たくさん見られます。

 たとえば、「なめとこ山の熊」という作品は、上の分類では「倫理>美」の側に属するように、私には思えます。物語の中ほどでは、小十郎が町の旦那の前では卑屈にならざるをえないというこの社会の仕組み(=現実に「倫理」されていること)に対して、作者は別の倫理的な立場から糾弾していますし、また最終的には、厳しい自然の中で人間と熊は対等であるという、小十郎や熊たちが体現している生き方(=現実社会を超越した、より高次の倫理)を、賢治は描いていると感じられるからです。
 このように「なめとこ山の熊」は、「倫理」が骨組みとなっている作品だとは思うのですが、この作品自体がどれほど高度な「美」にあふれているかということは、ここであらためて私がご説明するまでもありません。前半の母熊と子熊の会話や、最後の月明かりの山頂の場面など......。
 あるいは、「銀河鉄道の夜」も、私はまず倫理性(ex.大切な人の死、あるいは「〈みちづれ〉希求」の挫折を、人はどう受けとめるべきか、等)の方が根幹にある物語だと思うのですが、これももちろん、賢治の最も美しい作品の一つです。

 となると結局は、「倫理」と「美」が並々ならぬ高度な均衡を保とうとしている有り様こそが、賢治の作品特有の素晴らしさの秘密なのかもしれません。
 思えば、宮沢賢治という人が、一つの人格の中に、高い倫理的感性と天才的な美的感性を併せ持っていたということは、「稀有な偶然」と言うしかないことでしょう。一般には、前者を持つ人が後者も持ちやすいとか、あるいはその逆の相関も、特にはないからです。
 そしてさらに、賢治がこの二つの独立した契機を、緊密に結晶化させて文学的に表現しえたということも、またさらに稀有なことと言うしかありません。世の中には、ひたすら美を追求した作家や、また他方には倫理性を追求した文学者もいろいろありますし、その両者を盛り込もうとした人もあるでしょうが、賢治のような形でそれを達成した人は、やはり他にあまりいないように私には思えます。

 ただおそらく、賢治自身の考えでは、「倫理」と「美」が同時に完全に充足されるのは、『法華経』に云う「娑婆即寂光土」という状態であり、賢治のほんとうの理想は、そこにあったのでしょう。彼にとっては、そこでこそ究極の倫理と美が実現されているわけであり、自身の創作活動は、何とかしてそこに近づこうとする、一つの試みに過ぎなかったのかもしれません。
 しかし賢治のおかげで、私のような信仰を持たない者でも、彼の作品を読むことによって、「倫理」と「美」というもとは独立した別の契機が、奇跡のような結合をしている様子を、ありありと体感することができるのです。

 このように、賢治の作品の真骨頂は、「倫理」と「美」が織りなす構造にあるのだろうと思うのですが、現実の彼の作品では、両者が対等な扱いを受けているわけではありませんので、上のように「倫理>美」群の作品と、「倫理<美」群の作品があるということになります。
 個々の作品について、どっちに属するのだろうと考えてみることは、作品を普段とは別の角度から見てみることにもなって面白いのではないかと私は思うのですが、たとえば、「虔十公園林」は、どちらに入るでしょうか。

 一般的にはこの作品は、「倫理的」な視点から読まれることが多いのではないでしょうか。今福龍太氏が昨年刊行された、『宮沢賢治 デクノボーの叡智』は、幅広い観点から賢治の作品や思想について考えさせてくれる素晴らしい本ですが、ここでは虔十という主人公を、賢治の言う「デクノボー」の典型としてとらえ、これを一つの「倫理的モデル」と見ます。

 「虔十公園林」でもっとも凝縮した物語として語られた賢治の「デクノボー」とは、どのような内実を持った存在なのでしょう? 私たちが「愚かさ」を否定し、「賢さ」に特権を与える常識的な二分法がまったく的外れであることは、先の「博士」の言葉からもあきらかです。さらに一歩踏み込めば、賢治によるデクノボー的形象は、「愚かさ」そのもののなかにこそ守られているある資質としての「智慧」を信じようとするときの手がかりだとも言えるかもしれません。その考えは、差別される愚者への感情移入という心理的側面がまったくないわけではありませんが、それ以上に、知性というものを本質的に謙虚で慎ましいものとしてとらえる一つの倫理意識の表明でもありました。(同書p.175)

 今福氏は、このような「倫理」的視点から、虔十という主人公を解釈しておられますが、しかし私としてはこの物語は、賢治の作品の中では「倫理<美」のグループの一つの典型のように、思えるのです。
 以前に、「「ほんたうのさいはひ」を求めて(2)」という記事にも書いたことですが、この物語の主人公である虔十という人の本質は、「類い稀な美的感受性を持ち、それにある種の表現を与えた」というところにあると、私は思うのです。彼が知的には「愚か」と言われる状態だったというのは、彼の本質ではなくて、「たまたま」のことにしか過ぎないと思うのです。

 虔十は、物語の冒頭で描かれているように、「雨の中の青い藪を見てはよろこんで目をパチパチさせ青ぞらをどこまでも翔けて行く鷹を見付けてははねあがって手をたゝいて」という様子だったということですが、これは賢治が感動すると、「ほほーっ」と叫んで飛び上がったり踊り出したりしたというのと同じで、美しいものを見ると、我を忘れ自分を抑えられなくなってしまうのです。賢治の例も考え合わせると、これは当人の知的能力とはまた別の特性です。
 ただこのような特性によって賢治は、虔十のように「ばかにされる」というほどではなかったかもしれませんが、少なくとも周囲から「変わった人」と思われていました。

 虔十は、上のような振る舞いのために、子供たちにもばかにされ笑われていましたが、ある時思い立って、規則的に配列された小さな杉林の空間を造成することにより、自分をばかにしていた子供たちに、自分と同じような感動を教えるのです。
 虔十の創作物であるその杉林に遊びに来た子供たちは、思わず「みんな顔をまっ赤にしてもずのやうに叫んで杉の列の間を歩いてゐる」という状態に陥ってしまうのですが、これはそれまで自分たちがばかにしていた、虔十の「口を大きくあいてはあはあ笑」っていた気持ちに、知らずに同化してしまったわけです。

 ところで、虔十がやったような「風景をデザインする」という試みのことを、賢治は「装景」という独自の概念で呼び、文学的表現と並んで自らの美的表現手段の一つと考えていました。すなわち、虔十も賢治と同じく「装景者」だったわけです。
 ただ、類い稀な美的感受性を持ち、それを何らかの形で表現していたとしても、なかなか他人はその価値をわからずに、道楽者とかデクノボーとか言ったりもするでしょう。しかし、いったんそれが何らかの権威によって芸術として評価されるようになると、とたんに掌を返したように、ちやほやしたりもするのです。
 虔十の場合も、世間からはばかにされたまま忘れられかけていましたが、偶然アメリカ帰りの博士という「権威」がその杉林を認めてからは、急に石碑が建ったりお金が集まったりするようになりました。これも賢治が死後に浴びることになる賞賛と同じです。
 そして、そのように世間に認められるまでの間は、ただ家族だけがその「作品」を大切に守っていたというところまで、賢治の場合とまったく同じで、ちょっと胸が熱くなります。

 それやこれやの意味で、やはり確かに虔十は賢治の分身だと思うのですが、その共通する本質は、すぐれた美的感受性をもった「装景者」であるが、世間からは理解されていなかった、というところにあると私は思います。虔十が知的に愚かであったという設定は、物語を寓話的に構成する上での一つの工夫にすぎず、作者としては「愚かさ」に対して何か積極的で特別な意味づけをしようとわけではなかったのではないかと、私は思うのです。
 「雨ニモマケズ」でも、描かれている「デクノボー」は、「ヨクミキキシワカリ/ソシテワスレズ 」というすぐれた能力があり、実際には決して「愚か」な人間ではありませんでした。

 ということで、私としては「虔十公園林」という物語は、「倫理<美」という側に属すると思う次第です。美的感受性やその表現物は、理解されずばかにされていたかと思えば、権威によって箔が付けられたりもするという、「倫理」とは別のアイロニーが描かれるとともに、それでもやはり「雨の中の青い藪」や「青ぞらをどこまでも翔けて行く鷹」の美しさは、変わらず輝いているのです。

 ただ、この『宮沢賢治 デクノボーの叡智』という本そのものは、私が最近読んだ賢治関連の本の中ではとても面白く、新たな見方もいろいろと教えてくれるものだったということを申し添えておきます。

宮沢賢治 デクノボーの叡知 宮沢賢治 デクノボーの叡知
今福 龍太 (著)

新潮社 (2019/9/26)

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