1931年上京時に賢治が乗ったSL

 2018年12月に、桃子さんという方から、「1931年の最後の上京の際に、賢治が乗っていたSLはどの型だったのですか?」という質問のメールをいただきました。桃子さんは、これについて調べるために国会図書館へ行き、司書の方にも協力してもらって調べたけれど、わからなかったということです。
 私は鉄道関係のことには全く明るくありませんし、これまで考えてもみなかった問題で、国会図書館で調べてもわからなかったことに何か付け加えるようなことが答えられるはずもありませんでしたが、とりあえず当時の国鉄で使われていたSLの型と各々の製造年、使用されていた路線の記録から、8620型(製造1914-1929)、C50(製造1929-1933)、C51(製造1919-1928)、C54(製造1931)のどれかの可能性が考えられるが、それ以上のことはわからないですとお返事をしました。

 その後、2019年の春にまた桃子さんからメールがあり、埼玉の「鉄道博物館」に行って調査をしたところかなりの進展があり、『全国蒸気機関車配置表』という本によれば、仙台―上野間に関しては、C51形だったことがほぼ判明したということでした。

全国蒸気機関車配置表 全国蒸気機関車配置表
徳永 益男 松本 謙一

イカロス出版 (2018/1/27)

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 ところで、この時の賢治は東京で発熱して、小林六太郎氏に9月27日の夜行二等寝台の切符を買ってもらって花巻に帰りますが、桃子さんが調べた『汽車時刻表 昭和六年九月』という資料によれば、この当時の上野から花巻までの二等寝台料金は、寝台の上段が16円22銭、下段が17円75銭ということでした。
 これがどのくらいの金額なのか、そのままではピンと来ませんが、戦前から現代までの企業物価指数が見られる日本銀行のウェブサイトをもとに、1931年の上記価格をを2018年の貨幣価値に換算すると、それぞれ15,409円、16,863円になります。現在、東北新幹線(はやぶさ)における上野―新花巻間の料金は、普通指定席で13,820円、グリーン車で17,480円ですから、この90年で所要時間は4分の1弱になった一方、値段はだいたい同じくらいのオーダーというのが、面白いところです。

 さらに、2019年9月にまた桃子さんからメールをいただき、その後も調査を進めた結果、1931年9月19日の花巻―仙台間はC51形または86形、9月20日の仙台―上野間はC51形、ということが確定したということでした。
 この間の、桃子さんの調査の詳しい報告は、下記のブログ記事に掲載されています。

 最後の方に出てくる、蒸気機関車の型番の厖大な列がすごいですね。こういう地道な作業の結果、1931年上京時に賢治が乗ったSLは、C51形(シゴイチ)か86形(ハチロク)のどちらかだ、というところまでは追い詰めることができたわけです。
 本当に頭が下がる情熱です。

86形蒸気機関車
86形蒸気機関車(ウィキメディア・コモンズより)

C51形蒸気機関車
C51形蒸気機関車(ウィキメディア・コモンズより)

 さて、この調査にはさらに続篇があって、なんと桃子さんは昨年末に京都鉄道博物館のシゴイチとハチロクを見るために、横浜から京都まで3930円で、日帰り旅行を敢行したのだそうです。
 「鉄道新聞」に掲載されたその旅行記が、下記です。

 記事は写真も豊富で、お友達と二人まるで修学旅行のような夜行列車の楽しさが伝わってきて、思わずワクワクします。まさに、ジョバンニとカムパネルラの旅のような雰囲気ですね。
 京都鉄道博物館では、C51239号には無事対面できたそうですが、残念ながら8630号はちょうど完全解体されてメンテナンス中で、会えなかったということです。でもそのうち必ず復活して、勇姿を見せてくれることでしょう。

 桃子さんの調査は、賢治の世界へのこういったアプローチもあるのだと、私の目を開かせてくれました。ここにあらためて、御礼を申し上げます。