Four Lectures on Relativity and Space

 賢治が生前に持っていた蔵書のうちで、現在も普通に購入できる本としては、どんなものがあるでしょうか。
 『新校本全集』十六巻下の「宮沢賢治蔵書目録」を眺めてみると、頼山陽『日本外史』とか、洋書では Tolstoy “Resurrection”、Lewis Carroll “Alice's Adventures in Wonderland”、Charles Dickens “Oliver Twist”、Shakespeare “As You Like it”、Goethe “Faust”など、「古典」というべき文学作品は、賢治所有のものと出版社は異なるとはいえ、現在も新刊書として購入することができます。
 しかし、賢治が多数所蔵していた学術・思想関係の書籍は、時代の変遷とともに入れ替わりが激しく、今も同じ本が本屋の棚に並んでいるということは、ほとんどないのではないでしょうか。

 そんな中でたまたま私は、賢治が生前に所有していて、現在でも Amazon で簡単に購入できる学術書を一つ見つけたので、注文してみました。

Four Lectures on Relativity and Space Four Lectures on Relativity And Space
Charles Proteus Steinmetz
Kessinger Pub Co 2005-01-11
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 原著は1923年、つまり賢治が花巻農学校の教師をしていた時期に出版されていますが、上で注文できるのは、2005年に Kessinger Publishing という出版社から復刊されたペーパーバック版です。

 『相対性と空間に関する四講』という題名からわかるように、これはアインシュタインの相対性理論に関する解説書で、難解と言われた理論を一般の素人にもわかるように平易に、しかし論理的に明解に説明がなされているので、当時も好評を博したのだそうです。
 著者のスタインメッツ博士の本職は電気技術者で、専門分野では数々の発明や理論化を成し遂げているようですが、この四つの「講義」はニューヨーク市内の教会や電気技術者協会において、当時の最先端物理学だった「相対性理論」について話したものです。

 目次は、下記のようになっています。

第一講 総論
  A. 運動、位置、時間の相対性
  B. 相対的な運動、長さ、時間の効果
  C. 長さと時間の相対性
  D. 質量の相対性
  E. 加速度と重力の法則

第二講 相対性理論の帰結
  A. 導入
  B. エーテルと力の場
  C. ミンコフスキーの四次元時空
  D. 質量とエネルギー

第三講 重力と重力場
  A. 重力質量、遠心質量、慣性質量の同一性
  B. 慣性の表現としての遠心力
  C. 重力の法則
  D. 遠心力と重力
  E. 重力場における光の偏位
  F. 光線の軌道
  G. 重力場と遠心力場の数学的効果
  H. 三次元宇宙の体積の有限性
  I. 時間効果

第四講 空間の特性
  A. 重力場の幾何学
  B. ユークリッド幾何学、楕円幾何学、双曲幾何学、射影幾何学
  C. 楕円二次元空間としての地表
  D. 空間曲率の特徴
  E. 直線と楕円二次元空間
  F. 空間の歪み
  G. 数学的空間と物理的空間
  H. 楕円二次元空間としての束
  I. 射影幾何学
  J. 距離公理と重力の法則
  K. 曲率三次元空間の視覚像
  L. 宇宙の二次元モデル

 第一講は、特殊相対性理論と一般相対性理論の素描、第二講と第三講は、それぞれ簡単な数式を用いた特殊相対性理論および一般相対性理論の解説、第四講は、非ユークリッド幾何学の紹介、という構成になっています。
 「簡単な数式」とはいえ、たとえば第二講では、速度 v で走る下のような列車をモデルにして地上と列車内における物理量を計算し、そこに光速不変の原理を導入して、最終的にはちゃんと E = mc2 までたどり着くんですね。

等速移動する列車のモデル

 著者のチャールズ・プロテウス・スタインメッツという人に関しては、こちらのページに詳しい解説が載っていて、その中ほどのあたりには、1921年にアインシュタインと並んで撮った写真もあります。アインシュタインがノーベル物理学賞を受賞するのはちょうどこの年で、翌1922年には訪日して日本でも相対論ブームが起こり、スタインメッツは翌々年の1923年にこの『四講』を出版して、10月に亡くなっています。

 賢治がこの本を入手したのがいつ頃だったのかということは、今となっては不明ですが、斎藤文一氏は、当時の流通事情を考えると、早くとも1924年1月における『春と修羅』の「」に間に合ったかどうか、と推測しておられます。

 そして、賢治がこの本をはたしてちゃんと通読していたのだろうか、ということに対する関心が、私がこの本を購入してみた動機の一つだったのですが、「何とも言えない」というのが現時点の結論です。本の中の何らかの記載に、賢治の作品やメモに対応するようなものが見つかれば面白かったのですが、残念ながらそのような箇所を発見することはできませんでした・・・。

 ところで下の画像は、この本を刊行している出版社の商標です。

Kessinger Publishing