20211010a.jpg 国会図書館デジタルコレクションに、『盛岡高等農林学校図書館和漢書目録』という本が収められています。これは、1934年(昭和9年)3月の時点で同校の図書館が所蔵していた和漢書の、総目録です。図書の総数は書かれていませんが、ページ数からざっと見積もると、1万数千冊くらいになるでしょうか。
 宮澤賢治が盛岡高等農林学校に在籍していたのは、1915年4月の入学から1918年8月の研究生退学までですが、この期間までに刊行されいてる書籍を目録で見れば、賢治在学時の図書館の蔵書がどういう内容だったのか、すなわちどんな本を賢治が目にした可能性があるのかということも、概ね見当を付けることができます。

 先日、この目録を何となく眺めていたところ、1908年(明治41年)に刊行された加藤咄堂著『心の研究』(森江書店)という本が、目にとまりました(同書p.354)。


ナチラナトラのひいさま

20211003d.jpg 先日届いた『宮沢賢治研究 Annual』第31号に、玉井晶章氏による論文「宮澤賢治「蠕虫舞手アンネリダタンツェーリン」と〈ナチラナトラ〉の意味―― 『春と修羅』刊行初期の生前批評に触れつつ」が、掲載されていました。これは、すでに2016年に『京都国文』という雑誌に発表されていた論文の再録だということですが、賢治の詩「蠕虫舞手」に出てくる「ナチラナトラ」という語が、西洋の哲学・神学用語である "natura naturans"あるいは"natura naturata"に由来することを突きとめ、その本来の意味を参照しつつ詩の解釈を試みるもので、私は非常に興味深く読ませていただきました。


 去る9月21日、「宮沢賢治学会イーハトーブセンター」の公式サイトが、リニューアルされました。

20210926a.jpg

 私は昨年から同センターの理事を拝命し、とりわけ今回のウェブサイト更新のお手伝いをしておりましたが、何とかその作業も一段落というところです。

 今回のサイトの目玉はいくつかありますが、なかでも「宮沢賢治ビブリオグラフィー」のページでは、宮沢賢治学会イーハトーブセンターが創立以来30年余りにわたって蓄積してきた賢治に関する厖大なデータベースから、資料の検索ができるようになっています。一度お試しいただければ幸いです。


 賢治の童話「〔ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記〕」は、非現実的な「ばけもの」の世界のお話であり、孤児から立身出世したネネムが突如として「世界裁判長」に就任し、絶頂からまた「出現罪」によって墜落する、という奇想天外なストーリーになっていますが、一方でその細部においては、これは賢治の目から見た当時の東北地方の現実社会の問題点を、象徴的に凝縮している面もあるように思えます。

 何よりその冒頭からして、飢饉によって家族の食糧が底を尽き、ネネムとマミミの両親が失踪して死んでしまうという幕開けは、東北の農村が直面していた厳しい現実を、題材としているのでしょう。


 天沢退二郎さんが早くから指摘され、また私も以前に「墜落恐怖と恐怖突入」という記事に書いたように、賢治の初期の童話には、「墜落する」というテーマがしばしば登場します。
 「蜘蛛となめくぢと狸」では、三人がそれぞれ頑張って出世し偉くなった挙げ句に身を滅ぼし、「双子の星」では、チュンセとポウセの双子が彗星ほうきぼしに欺されて天空から海底に落下します。また「貝の火」では、宝珠をもらって舞い上がってしまったホモイが、最後には宝珠を失った上に失明し、「〔ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記〕」では、世界裁判長にまで登りつめたネネムが、その得意の絶頂で踊りの足をすべらして転落し、人間世界に「出現」してしまうのです。


溢れ出るシニフィアンの頃

 2013年にNHKの朝ドラ「あまちゃん」の主演をした、能年玲奈さんという役者さんがおられますが、彼女は所属事務所とのトラブルが原因で、戸籍上の本名でもある「能年玲奈」という名前での芸能活動を、禁じられてしまいました。「あまちゃん」で一躍お茶の間のヒロインとなったにもかかわらず、それ以来彼女は一般のTVドラマには出演できない状態が続いていますが、しかしその後「のん」という芸名で活動を再開し、今では映画、舞台、音楽など、様々な分野で輝かしい活躍を続けておられるのは、皆様ご存じのとおりです。

 このような「名前を奪われる」という出来事から連想するのは、スタジオジブリのアニメ映画「千と千尋の神隠し」です。
 この物語の冒頭で、主人公の荻野千尋という女の子は、魔女の湯婆婆に名前を剥奪され、自由を奪われて湯屋で奴隷のように働かされます。名前を失くした彼女にその代わりとして与えられたのが、元の「荻野千尋」の断片である「せん」であったことは、「のうねんれな」が芸能界の見えない巨大な力によって「のん」に変えられてしまった悲劇に、何とも似ているように感じられます。


 賢治が盛岡高等農林学校の修学旅行で訪ねた「滋賀県立農事試験場」の跡地あたりを、昨年の7月から8月にかけて歩いてみて、「「滋賀県立農事試験場」跡地(修正版)」という記事にまとめたという経緯が、かつてありました。
 この記事に対するコメントで、跡地の近辺には「農業試験研究発祥の地付近」と題された碑が立てられているというご教示をいただきながら、諸般の事情でなかなか確認しに行くことができずにいたのですが、本日訪ねることができたので、ここにご報告いたします。

20210722a.jpg


 「TEDトーク」という、世界的に話題の人物がかっこいいプレゼンを行う企画があります。そこではこれまでに、マイクロソフトのビル・ゲイツとか、クリントン元大統領とか、DNAを発見したジェームズ・ワトソンとか、錚々たるメンバーが刺激的な話をしていますが、その中の一つに、プリンストン大学教授のピーター・シンガーという哲学者による、「効果的な利他主義者になる方法」という講演があります。


書簡252c下書(十六)の思想

 『新校本宮澤賢治全集』第十五巻(書簡)で、「書簡252c」として分類されているのは、1929年(昭和4年)頃の、小笠原(高瀬)露あての手紙の下書きと推測されている断片です。この手紙には、さらにその下書きと思われる断片が実に16種も残されていて、賢治がいかに慎重にこの手紙を書こうとしていたかがうかがい知れるとともに、羅須地人協会も消滅して病臥している頃、すなわち賢治のかなり晩年の思想の一端が表明されており、とても興味深い言葉が垣間見えます。

 たとえば、その「下書(四)」には、次のような有名な一節があります。

たゞひとつどうしても棄てられない問題はたとへば宇宙意志といふやうなものがあってあらゆる生物をほんたうの幸福に齎したいと考へてゐるものかそれとも世界が偶然盲目的なものかといふ所謂信仰と科学とのいづれによって行くべきかといふ場合私はどうしても前者だといふのです。すなわち宇宙には実に多くの意識の段階がありその最終のものはあらゆる迷悟をはなれてあらゆる生物を究竟の幸福にいたらしめやうとしてゐるといふまあ中学生の考へるやうな点です。

 ここに出てくる「宇宙意志」とは、法華経を信じる賢治の立場からすると、如来寿量品に示されている久遠の本仏たる「釈迦如来」の意志になるのでしょうが、一方でこれを浄土教のように「阿弥陀如来」と解釈しても何の違和感もなく、晩年の賢治がとらえていた仏教、あるいはもっと普遍的な宗教の本質を、うかがわせます。

 ただ今回ここで取り上げてみたいのは、「下書(十六)」の方です。


 明後日6月5日午後3時半から、「宮沢賢治研究会」の例会で、発表をさせていただきます。
 当世流に Zoom によるウェブ開催で、「宮沢賢治研究会」の会員の方は、web「例会」申込み専用フォームから申し込めば、視聴できるということです。

 発表要旨は、下記です。

「〈みちづれ〉希求」の挫折と昇華
    ―詩集『春と修羅』を貫く主題―

 さすがに近年は、賢治とトシの関係を「禁断の近親性愛」などと本気で煽る人は見なくなったが、しかし保阪嘉内や堀籠文之進への感情については、「同性愛」と論ずる説がいまだに跡を絶たない。
 確かに、これらの人々に対する賢治の思いは、非常に切実なものであった。しかし、この感情に「性愛」的な要素が含まれていた証拠は、作品にも伝記的事項にも、何一つ認められないのである。探しても見つからないものを前提とする仮説は、あまり筋が良いとは言えないが、それでも性愛説を主張する人が絶えないのは、いったい何故なのだろう。人間にこれほど強い対人感情を引き起こすのは、どうせ肉欲くらいしかない、という決めつけなのか?
 それはさておき、今回の発表では、なるべく作品テキストや伝記的事実を論拠としつつ、賢治独特のこの感情について、あらためて検討してみたい。演者の考えでは、これは詩集『春と修羅』の中心を貫く重要なモチーフであり、賢治がこの集の創作と推敲の二年間をかけて、思想的な超克を強いられた課題でもあった。この格闘を通して彼は、「個別性から普遍性へ」、「主観性から客観性へ」とも言うべき、人間観および世界観の大きな転換を成し遂げたのである。

20210605.jpg

 会員の方とは、当日 Zoom にてお会いできましたら幸いです。