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エロスを超克しアガペーへ

 本日オンラインで行われた「宮沢トシ没後百年」記念企画は、トシ研究の第一人者と言われる山根知子さんと、トシの「自省録」を高く評価しその研究を進めておられる望月善次さんというお二人の講演およびシンポジウムが、3時間にわたって繰り広げられるという重厚な内容で、お二人のトシに対する熱い思いを堪能できました。

 山根さんは、「戦争と女子教育」という視点から、第一次世界大戦の一コマについて述べた高等女学校時代のトシの文章や、大学時代に成瀬仁蔵の女子教育論に寄せた感想など、トシに関する最新の調査結果をご紹介して下さいました。

 望月さんは、トシ没後100周年にあたる今年を記念して、「宮沢賢治いわて学センター」による今回の企画を実現させた原動力でいらっしゃいますが、トシの「自省録」の歴史的な意義を、多角的に解き明かして下さいました。「賢治の「雨ニモマケズ」が死後あれほど有名になったように、トシの「自省録」も今後必ずや世に広く知られるようになる」というお言葉には、ほとばしる情熱を感じました。

 シンポジウムの部分では、以前の記事でもご紹介した「賢治はトシの「自省録」を読んでいたのか?」という問題について、「読んでいた」と考える山根さんと、「読んでいなかった」と考える望月さんのそれぞれのお考えが聞けて、興味深かったです。

 ところで今日のお話全体の中で、私にとって一番印象に残ったのは、望月善次さんがトシの「自省録」を評して、「普通は人間にとって、エロスとアガペーはどちらも大事なんだけれども、トシは「自省録」において、エロスを正面突破してアガペーに到達してしまう」というような内容のことをおっしゃっていたところでした(細かい表現は少し違ったかもしれませんが、お許し下さい)。

 トシは「自省録」において自らの「恋愛事件」を振り返り、自分と教師との間の感情が「排他的」であったことが、自分自身の最大の問題だったのだと総括します。

彼女は未だ真の愛の如何なるものかを知らない。けれども、「これが真の愛ではない」と見分けうる一つの路は、それが排他的であるかないか、と云ふことである。
 彼女と彼との間の感情は排他的傾向を持ってゐた、とすれば、彼女の眠ってゐた本然の願ひが、さめた暁には到底、彼女に謀反をおこさせずにおかなかったであらう。自分から、自分等の感情に息詰りを感じて、どう云ふ形でかこれを破り、捨てずにはおかなかったであらう。或はこれを排他的なものでないものに、醇化しやうとする、身に過ぎた重荷に苦しまねばならなかったであらう。此点に於ても、彼等の、今、離れ終ったと云ふ事は自然な正当な事ではなかったか。
 彼女が凡ての人人に平等な無私な愛を持ちたい、と云ふ願いは、たとへ、まだみすぼらしい、芽ばえたばかりのおぼつかないものであるとは云へ、偽りとは思はれない。
 「願はくはこの功徳を以て普ねく一切に及ぼし我等と衆生と皆倶に──」と云ふ境地に偽りのない渇仰を捧げる事は彼女に許されない事とは思へないのである。(宮沢淳郞『伯父は賢治』p.169、山根知子『宮沢賢治 妹トシの拓いた道』p.367)

 ここでトシが「排他的傾向を持ってゐた」と書いている感情(愛)が、望月さんのおっしゃる「エロス」に該当するのでしょうし、「凡ての人人に平等な無私な愛」の方が、「アガペー」でしょう。
 この二つの「愛」に関して、トシの師であった成瀬仁蔵も、またキリスト教も、アガペーの方をより尊いものと位置づけているのは事実でしょうが、しかし何も「排他的に一人を愛する」感情を、否定したり排斥したりしているわけではありません。地球上の多くの社会で採用されている一夫一婦制の結婚制度は、二人の間の感情や関係における「排他性」を、奨励し担保しようとしているわけであり、逆にもし既婚者が「非排他的」に、配偶者以外の人に対して同様の関わりを持ったならば、それは不道徳なことと見なされます。
 排他的愛としてのエロスを否定してしまうと、結婚制度の維持も人類の子孫繁栄も、かなわなくなってしまうのです。

 それなのに、トシの「自省録」では、「排他的」な愛情はいずれ必ず「謀反」を起こされる運命にあり、「排他的でないものに醇化」されるべきものであり、「離れ終ったと云ふ事は自然な正当な事」だと、位置づけられています。
 すなわち、少なくとも「自省録」におけるトシは、エロスとアガペーが「両方あってよい」とは考えておらず、二種類の愛を二者択一的な関係に置いており、エロスはいずれアガペーによって克服されるべきものとして、却下するわけです。
 これは、成瀬仁蔵やキリスト教の教えからすると、明らかな「行き過ぎ」です。

 そして、奇しくもこれは兄の賢治においても同様で、「小岩井農場」では「じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと/完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする」ところの排他的エロスは否定されて、「じぶんとひとと万象といつしよに/至上福しにいたらうとする」普遍的アガペーが肯定されるのです。また晩年の書簡下書(252a)でも、「私は一人一人について特別な愛といふやうなものは持ちませんし持ちたくもありません。さういふ愛をもつものは結局じぶんの子どもだけが大切といふあたり前のことになりますから」と述べています。

 本来、エロスとアガペーというのは、同じ「愛」という言葉で表現されていても、その実体は次元の異なった心のあり方であり、「二者択一」として位置づけられるべきものではないはずです。それなのに、賢治とトシという兄妹が揃いも揃って、これらをまるで二者択一のように取り扱い、前者は後者によって超克されるべきものと結論づけてしまうのは、いったい何故なのでしょうか。

 この謎に対する答えとして私が一つ考えるのは、「①たまたま二人とも多感な時期に、一対一の個別的愛着状況において深いトラウマを負ったために、その傷から立ち直るためには、いったん個別的な愛着を否定し超克するよう、自らに課さざるを得なかった」のではないか、ということです。
 具体的なトラウマとは、トシの場合は上記の恋愛沙汰の新聞報道でしたし、賢治の場合は私が以前から「〈みちづれ〉希求の挫折」と呼んでいるところの、保阪嘉内、トシ、堀籠文之進らとの別離や葛藤でした。

 このような体験をした二人は、「なぜ自分はこれほどの苦しみを受けなければならないのか」と自問したでしょうが、その内省の過程において、自らの心の内に「排他的な愛着」という問題を見出したわけです。
 そして、「これこそが自分の苦しみの根源だった」と見なすことによって、どん底から這い上がろうとしたのです。

 しかし、上記のようなトラウマを乗り越えるための方策としては、何も「エロスを否定する」などと極端なところまで行かなくても、もう少し現実的で穏当な解決方法もありえるでしょう。
 たとえばトシの場合、あの恋愛事件について自らの反省点を挙げるとすれば、「そもそも生徒の身をわきまえず、先生に対して恋愛感情を抱いたことが間違いだった」とか、「あまりに無防備に感情表出をした自分が軽率だった」などの教訓を取り出す方が、常識的かつ実用的ですし、同じ過ちを繰り返さないためには十分なはずです。
 あるいは賢治の場合は、もしも彼を理解してくれて法華経の信仰も共有できる女性と結婚すれば、生涯にわたる〈みちづれ〉を持つことができたでしょう。

 それなのに二人とも、そういう一般的な「立ち直り」の道筋は選ばず、「エロスを超克してアガペーへ」などという大それた課題を、己れに背負わせるのです。
 これはいったいどうしてなのかというのが次の疑問ですが、私が思うには、先日の記事にも書いたように、父政次郎が作り上げた宮澤家の濃厚な「宗教的雰囲気」が二人に対して作用していたことに、その原因があるのではないでしょうか。
 すなわち、「②人生における問題を解決するための最も正しく尊い方法は、信仰によってその問題に対処することである」というような信念が宮澤家には充満していて、それを賢治もトシも共有していたからではないか、と思うのです。

 その証拠に、スキャンダルで深く傷ついたトシは、日本女子大の予科に入学するや否や、ひたすら信仰を求める生活を始めるのです。「自省録」には、「此の四五年来私にとって一番根本な私の生活のバネとなったものは、「信仰を求める」と云ふことであった。信仰によって私は自己を統一し安立を得やうと企てた」と書かれています。
 また賢治も、堀籠文之進との葛藤を乗り越えようとした「小岩井農場」や、トシの喪失に苦しむ挽歌群(「青森挽歌」「宗谷挽歌」等)において、問題をひたすら宗教的に突き詰めて行きます。

 ということで、賢治とトシの兄妹がそれぞれの若き日に、「エロスを超克してアガペーへ」などという、理不尽なまでに高邁な理想を目ざそうとした背景には、とりあえず①や②のような要因がmiyazawa_toshi.jpgあったのではないかと、私は思うのです。①は偶然のことですが、②については「宗教2世」的な要素が、やはりここでも影響したと言えるかもしれません。

 ただ、賢治はともかくトシの場合は、もう少し健康な人生が続いておれば、何もずっとエロスを否定したままで生きることにはならず、花巻の名家の美しく聡明な令嬢として、きっと幸せな結婚をしたのではないかと、(希望も込めて)想像するところです。