「春と修羅 第二集」に、「休息」という作品があります。賢治はこの6日後の1924年4月10日にも、やはり「休息」という作品を書いているのでややこしいのですが、今日取り上げるのは4月4日の方で、下記がその全文です。
二九
休息
一九二四、四、四、
中空 は晴れてうららかなのに
西嶺 の雪の上ばかり
ぼんやり白く淀むのは
水晶球のくもりのやう
……さむくねむたいひるのやすみ ……
そこには暗い乱積雲が
古い洞窟人類の
方向のない Libido の像を
肖顔のやうにいくつか掲げ
そのこっちではひばりの群が
いちめん漂ひ鳴いてゐる
……さむくねむたい光のなかで
古い戯曲の女主人公 が
ひとりさびしくまことをちかふ ……
氷と藍との東橄欖山地から
つめたい風が吹いてきて
つぎからつぎと水路をわたり
またあかしやの棘ある枝や
すがれの禾草を鳴らしたり
三本立ったよもぎの茎で
ふしぎな曲線 を描いたりする
(eccolo qua!)
風を無数の光の点が浮き沈み
乱積雲の群像は
いまゆるやかに北へながれる
この年は翌4月5日が農学校の入学式ですから、4月4日はまだ春休みなのかとも思われますが、賢治は「さむくねむたいひるのやすみ」に、空や雲や山の雪を眺め、ひばりの声を聞きながらぼんやりと休んでいるようです。
中ほどあたりにある、「古い戯曲の
氷と藍との東橄欖山地から
つめたい風が吹いてきて
ねむたいわたしの耳もとに
つぎからつぎとまことをちかひ
となっていたことから、「まことをちかふ」と聞こえたのは、風の音だったようで、さらに「下書稿(一)」では、
つめたい風が吹いてきて
(おまへはわたしを犯してもいい)
つぎからつぎとまことをちかひ
となっていて、賢治はこの風に対して、(おまへはわたしを犯してもいい)とまで思いつつ、身を委ねています。すでにその少し前には、乱積雲を見て、「方向のない Libido」を感じていたように、この時の賢治は、周囲の自然から何かエロス的な感覚を受けとっていたようです。4月という季節は、賢治にこのような感じを抱かせるのでしょう。ここには「乱積雲」が出てきていますが、この3年後の4月の「春の雲に関するあいまいなる議論」では、「黒雲」のことを「あれこそ恋愛そのもの」と言っています。
さて今日は、最後から4行目に出てくる"eccolo qua!"という不思議な言葉について考えてみたいのですが、これを『定本 宮澤賢治語彙辞典』で調べてみると、次にように説明されています。
eccolo qua! 【レ】 エッコロ クア(伊)。彼(それ)がここにいる(ある)、の意。例えば、モーツァルト作曲「ドン・ジョバンニ」第一幕第一五場では召使いがこの語を発し、「ほら、旦那さまがおいでなすったぞ」と言う場面がある。詩「休息」…(以下略)
ということですので、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」の第1幕第15場を見てみますと、こちらの「ドン・ジョヴァンニ Act I - 2|オペラ対訳プロジェクト」の上の方にあるように、実際には従者レポレロは"Eccolo qui"と言っているのです。これは、Dover社のスコアでもカラヤンのCDに付いている歌詞冊子で確認してもそうでしたので、"Eccolo qui"が正しいようですが、ただ"qua"も"qui"も意味はほとんど同じく「ここに」ということですので、実質的には違いはありません。(ちなみに、モーツァルトのオペラでは、「コジ・ファン・トゥッテ」の第2幕第17場に、ドン・アルフォンソが"eccolo qua"と言う場面があります。)
オペラの話はさておき「休息」のテキストに戻ると、この唐突な"eccolo qua!"の意味が上記のようだとしても、いったいぜんたいこれは何なのかが、気になります。ここでテキストの全体を見ると、この時賢治は休息しつつ、「ひばり」の声を聞き、風の音や「すがれの禾草」が鳴る音をを聞いていることからすると、この"eccolo qua!"は、何かここで賢治の耳に入ってきた音や声だったのではないかという気がします。
それらのうちで、賢治に「エッコロ クア」と聞こえたのがどの音だったのか想像してみると、そのやや硬い音調からは、風や草の音ではなくて、鳥の声なのではないかと、私には思えます。ひばりの鳴き声というと、「ピーチュク、ピーチュク・・・」というイメージですが、ネット上の動画でひばりの声をあれこれ聴いてみると、少なくともその一部は(やや無理をすれば)、速い口調で「エッコロ クア」と言っていると取れなくもありません。
ということで、この"eccolo qua!"はひばりの鳴き声なのだとすると、この言葉には、何かの意味がこめられているのでしょうか。作者としては、特に意味を持たせたわけではなくて、たまたま鳥の声がまるでイタリア語のフレーズのように聞こえたので、それが面白くて「オノマトペ」としてこの語句を書いたのだという解釈もありえるでしょう。
この解釈も否定はできないでしょうから、賢治はこの言葉を内容的には意味もなく書いたのだ、としてこの話を終わらせることもできるのですが、私としては、もしも彼がこれに何か意味を込めているとしたらそれは何なのか、ということも、ここでぜひ考えておきたく思います。
"eccolo qua"の"ecco"は「ここに」、"lo"は三人称単数の直接目的語代名詞ということで、人を指す場合と物を指す場合がありますので、「彼を」または「これを」になります。そして"qua"も「ここに」です。つまり全体としては、『語彙辞典』にあるように、「彼がここにいる」「彼がここに来た」「それがここにある」などという意味になるのです。
あたり一面で囀っているひばりの中の一羽が、このうちのどれかを言ったということになるわけですが、作品中の情景では、作者である賢治自身が「休息」をしているわけですから、私としてはひばりが賢治のことを指して、「彼がここにいる!」と言ったと解釈したいと思います。こう考えれば、風が賢治に対して「まこと」を誓っている、という関係性とも同型になります。
しかしそうだとすれば、ひばりは賢治のことを、「知っていた」ことになります。
そして、鳥が賢治を見つけて、「彼がいる!」と言ったとすると、私としては前年の「白い鳥」の、「兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる」を連想せずにはおれません。
ただし、この「休息」の方では、鳥は「かなしく」鳴いてはおらず、むしろ喜んでいるようで、その背景にはエロス的な雰囲気さえ漂っているのは前述のとおりです。
ということで、これはあくまで一つの解釈としてありうる、というくらいのことにすぎませんが、この作品の(eccolo qua!)を、トシの化身である鳥が、賢治を見つけて、「
そしてそうであれば、この作品も、「白い鳥」から、「青森挽歌」、「津軽海峡」、「〔船首マストの上に来て〕」、「鳥の遷移」、「〔この森を通りぬければ〕」など、《鳥》を死んだトシの象徴として扱っている作品の系譜の一つに、位置づけることも可能になります。
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