二九

     休息

                  一九二四、四、四、

   

   中空(なかぞら)は晴れてうららかなのに

   西嶺(ね)の雪の上ばかり

   ぼんやり白く淀むのは

   水晶球の滃りのやう

     ……さむくねむたいひるのやすみ……

   そこには暗い乱積雲が

   古い洞窟人類の

   方向のない Libido の像を

   肖顔のやうにいくつか掲げ

   そのこっちではひばりの群が

   いちめん漂ひ鳴いてゐる

     ……さむくねむたい光のなかで

       古い戯曲の女主人公(ヒロイン)

       ひとりさびしくまことをちかふ……

   氷と藍との東橄欖山地から

   つめたい風が吹いてきて

   つぎからつぎと水路をわたり

   またあかしやの棘ある枝や

   すがれの禾草を鳴らしたり

   三本立ったよもぎの茎で

   ふしぎな曲線(カーヴ)を描いたりする

        (eccolo qua!)

   風を無数の光の点が浮き沈み

   乱積雲の群像は

   いまゆるやかに北へながれる   

 

 


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