一五六

     〔この森を通りぬければ〕

                  一九二四、七、五、

   

   この森を通りぬければ

   みちはさっきの水車へもどる

   鳥がぎらぎら啼いてゐる

   たしか渡りのつぐみの群だ

   夜どほし銀河の南のはじが

   白く光って爆発したり

   蛍があんまり流れたり

   おまけに風がひっきりなしに樹をゆするので

   鳥は落ちついて睡られず

   あんなにひどくさわぐのだらう

   けれども

   わたくしが一あし林のなかにはいったばかりで

   こんなにはげしく

   こんなに一さうはげしく

   まるでにはか雨のやうになくのは

   何といふおかしなやつらだらう

   ここは大きなひばの林で

   そのまっ黒ないちいちの枝から

   あちこち空のきれぎれが

   いろいろにふるえたり呼吸したり

   云はゞあらゆる年代の

   光の目録(カタログ)を送ってくる

     ……鳥があんまりさわぐので

       私はぼんやり立ってゐる……

   みちはほのじろく向ふへながれ

   一つの木立の窪みから

   赤く濁った火星がのぼり

   鳥は二羽だけいつかこっそりやって来て

   何か冴え冴え軋って行った

   あゝ風が吹いてあたたかさや銀の分子

   あらゆる四面体の感触を送り

   蛍が一さう乱れて飛べば

   鳥は雨よりしげくなき

   わたくしは死んだ妹の声を

   林のはてのはてからきく

     ……それはもうさうでなくても

       誰でもおなじことなのだから

       またあたらしく考へ直すこともない……

   草のいきれとひのきのにほひ

   鳥はまた一さうひどくさわぎだす

   どうしてそんなにさわぐのか

   田に水を引く人たちが

   抜き足をして林のへりをあるいても

   南のそらで星がたびたび流れても

   べつにあぶないことはない

   しづかに睡ってかまはないのだ

 

 


   ←前の草稿形態へ

<亡妹と銀河 詩群>へ→