昨夜、NHKの「新プロジェクトX」シリーズで、「情熱の連鎖が生んだ音楽革命 ~初音ミク 誕生秘話~」という番組が放送されました。
楽器メーカーのYAMAHAが世界で初めて歌声合成ソフトを開発し、それがクリプトン・フューチャー・メディア社から"VOCALOID"シリーズとして発売された一連の経緯と、その中で「初音ミク」が大ヒットする前後の秘話を紹介した上で、さらにミクが日本や世界の音楽シーンに与えた影響をたどる、という内容でした。YAMAHAでこの技術の開発を行い、番組にも出演していた剣持秀紀さんが、たまたま私の学生時代のオーケストラの後輩であることもあって、面白く見させていただきました。
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私は、当サイトを作り始めた当初から、賢治の歌曲を編曲してはパソコンで演奏し、サイトで公開することを、コンテンツの一つとしていました。
そのような行為のルーツを振り返ると、たしか高校生の頃に、角川文庫版だかの『宮沢賢治詩集』で賢治が作った様々な歌曲の楽譜を見て感激し、「星めぐりの歌」をリコーダーの二重奏にしたりして遊んでいたことを思い出します。チュンセとポウセの二人がこの歌を笛で吹く、という趣向でした。
私が当サイトの前身をアップロードした1999年頃には、賢治の歌曲といっても一般にメロディーが知られているのは「星めぐりの歌」「精神歌」くらいで、いくら全集に楽譜が掲載されているといっても、曲を実際に耳にする機会は、ほとんどありませんでした。
そこで私としては、宮沢賢治を愛好する方々に、何とかその歌曲にも親しんでいただければ思い、全集に掲載されている賢治の歌曲を一つ一つパソコンで演奏し、それをサイトで公開していきました。ただ当時はまだ、「声」をパソコンで出すことはできなかったので、いずれも楽器音のみの演奏による「インストゥルメンタル版」でした。
しかも最初のうちは、"MIDI(Musical Instrument Digital Interface)"というファイル形式でアップしていて、これをパソコンで再生すると、「楽器の音」とはちょっと言い難い、「いかにも電子音」という音色で聞こえたものでした。当時は、インターネット回線もまだとても遅くて、現実の楽器音のような大きなデータを、ダウンロードしつつ再生するようなことはできなかったのです。MIDIというのは、演奏のための各音のタイミング・持続・音色などの情報だけを凝縮した規格で、これをネットから手元のパソコンにダウンロードすると、そのパソコンにもともとインストールされている音色データが呼び出され、演奏が行われるという仕組みでした。
しかしそのうちに、RealPlayer とか Windows Media Player などのソフトが登場して、ネットからそれなりの音質で、音そのもののデータをダウンロードしながら再生し、音楽を聴くことができるようになってきました。いわゆる「ストリーミング再生」です。
この時期に作成した下記の演奏は、「ポラーノの広場」の中に出てくる「牧者の歌(けさの六時ころ ワルトラワラの)」を、Roland の SC-8850という音源モジュールで音にしたものです。パソコン内に残っていたWAVファイルの作成日は、2001年2月18日とあり、今回MP3化しました。
牧者の歌(インストゥルメンタル版)
「ポラーノの広場」の物語中では、少年ミーロがクラリネットと一緒に歌うことになっているので、上の演奏もホンキートンク調のピアノ伴奏に、クラリネットという組み合わせになっています。
1999年~2003年頃の私は上のような調子で、『新校本全集』に楽譜が掲載されている賢治の歌曲全27曲を、パソコンで演奏してはアップしていきました。これでも、その曲の旋律と雰囲気は、何とか感じとっていただけたかと思いますが、いかんせんやはり「歌」がない演奏では、賢治の「歌詞」を楽しむことができないという、重大な弱点がありました。
そこで、何とかして「歌声」をパソコン演奏に載せる方法はないものかと、当時からいろいろ調べていたのですが、そのうちにYAMAHAが「歌声合成ソフト」なるものを開発中であるという情報を知り、今か今かと期待しつつ、その公開を待っていました。
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そしてついに2004年7月、VOCALOIDという音声エディターソフトとともに、まず登場したのが、イギリスの Miriam Stockley という歌手の声をもとにサンプリングした、"MIRIAM"という歌声データでした。
この歌声は、もとがイギリスの歌手ですから、もちろん英語での歌唱のみに対応していて、日本語をそのまま入力して歌わせるということはできません。しかし、ローマ字で入力すれば、「外国人が喋る日本語」のようではあるものの、何とか日本語の歌曲を歌ってもらうことはできそうだったので、早速購入して、「星めぐりの歌」を歌ってもらったのが下記データです。サイトでの公開は、発売直後の8月1日付けで、「VOCALOID導入」という記事を書いています。
星めぐりの歌(アカペラ二重唱・MIRIAM版)
これは、私が高校時代に作った笛の二重版のメロディーを歌にしてみたもので、まさに「外国人が歌っている」という感じではありますが、当時の私としては、パソコンでこんなことができることに、心から感銘を受けたものです。
その後しばらくは、この"MIRIAM"を使った賢治の歌曲の演奏をいろいろ作成していたのですが、4か月後の2004年11月5日に、今度は日本人歌手の歌声をサンプリングした歌声データ"MEIKO"が、発売されました。これも早速購入して、使用してみました。
当時、発売から6日後の11月11日付けで、「「種山ヶ原」更新」という記事を書いていて、初めて日本語の歌声データが発売されたことを喜ぶとともに、MEIKOによる「種山ヶ原」の演奏を公開しています。
種山ヶ原(MEIKO版)
この初代"MEIKO"は、さすが日本人の声だけあってけっこう自然な歌にできたので、私はとても気に入ってどんどん演奏を作成し、いったんは全歌曲をMEIKO歌唱で作り直しました。現在も「歌曲」のコーナーには、当時の演奏がそのままかなり残っています。
VOCALOIDにおける次のエポックは、2006年2月17日に、男声の日本語歌声データ"KAITO"が発売されたことです。
賢治の歌曲の中でも、「応援歌」とか「黎明行進歌」などは、どうしても男性の声が欲しいところですし、合唱曲を作るためにも、日本語男声データは待ち望んでいたので、これも購入して使い始めました。
やはり発売から6日後の2月23日付けで、「VOCALOID男声による「黎明行進歌」」という記事を書き、KAITOを「黎明行進歌」に使用した演奏を公開しています。
黎明行進歌(KAITO・MEIKO版)
このKAITOもたくさん使わせていただきましたが、上の記事中にも書いているように、これは男性の歌声としてかなり「さわやか」系で、ポップなものでした。大正時代の雰囲気をまとった賢治の歌曲を歌ってもらうには、少し雰囲気が違う部分もあり、作成にあたっては「ジェンダー・ファクター」という要素を調整するなど、それなりに工夫が必要でした。
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そして、この翌年の2007年8月31日に、ついに登場して大々的な脚光を浴びたのが、初代「初音ミク」です。
私自身は、上記のようにそれまでの"MEIKO"も"KAITO"も十分に愛用していたのですが、昨夜の「新プロジェクトX」によれば、当時の"MEIKO"のソフト売り上げは全国で1500個、"KAITO"は500個程度ということで、技術開発したYAMAHAにとっては、開発にかかった費用さえ回収できる結果ではなかったのだそうです。
しかし、この少し前に誕生した「ニコニコ動画」などのサイトを通して、一般の人々が作曲し歌を付けて公開するというブームが生まれていたことに後押しされ、さらに「初音ミク」というヴァーチャルなキャラクターの魅力とも相まって、発売1か月でソフトが15,000個売れるという、この分野では稀有な大ヒットを記録したのです。
私自身は、「初音ミク」発売4日後の9月4日付けの記事「「星めぐりの歌」by初音ミク」という記事で、ミクによる「星めぐりの歌」の歌唱を公開しています。
旋律は、上の"MIRIAM版"と同じく、アカペラ二重唱です。
星めぐりの歌(アカペラ二重唱・初音ミク版)
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さらにこの後も現在に至るまで、VOCALOIDの歌声を操作するエディターは進化を続け、現在はver.6となって、一般人ではとても使いこなせないほど多彩なパラメーターを細かく調整できるようになっています。歌声データの種類も、各社から厖大な数がリリースされています。
これだけ技術や多様性が進んでくると、「とにかく人間の歌声に似せる」ということだけを追求すれば、一般人では人間かVOCALOIDか聞き分けられないほど似せたものを作り出すこともできるのではないかと思うのですが、現実はそうはならずに、人間とは一味違った、言わば「VOCALOID的な個性」が、さらに豊かに花開いているというところが、とても興味深く感じます。
同じように将来、科学技術のさらなる進歩によって、人間に似たアンドロイド的なロボットが日常生活の中に入ってきた場合にも、皮膚とか髪の毛とか声とかを、ただリアルに人間に似せるという方向ではなくて、あくまで「アンドロイドとしての外見やキャラクターが洗練されていく」ということになっていくのではないかと、個人的には想像したりもします。
それにしても、昨夜の「新プロジェクトX」を見ながら、あらためて自分がこの21年間、VOCALOIDという技術には本当にお世話になってきたことを実感しつつ、これを開発してくれた剣持君にも、心から感謝している次第です。
アヨアン・イゴカー
見逃していた新プロジェクトX、見終えました。初期の頃のVocaloidを聴いて、これでは難しいと思っていましたが、見終わってからは、自分の書いた歌曲もVocaloidに歌わせることも、やってみるべきかもしれないと思いました。『かしはばやしの夜』の時は、歌で随分苦労しました。初音ミクの声では、自分の曲のイメージに合わないかと思いますが、他にも音源はあるようですので、調べてみようと思います。
hamagaki
アヨアン・イゴカー様、コメントをありがとうございます。
歌声の音源は、今は本当にたくさん出ていますが、どれも声質はポップで軽いものですね。
私が比較的オーソドックスで使いやすいと感じたのは、女声では「VY1」という音源でした。
男声は、いずれも華奢な若い声ですので、一般的な男性の歌にしようとすると、コントロールパラメーターの「Character」を、かなり低くする必要があります。
あと、全体にビブラートはデフォルトよりもかなり浅くしないと、私には不自然に聞こえます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。