ポランの広場 (旧校本全集版)
1.歌曲について
賢治が残した数多くの歌曲のなかで、一般に歌われることの最も多いのはおそらく「精神歌」で、次いで二番目は「星めぐりの歌」でしょう。では、三番目は何だろうと考えると、私は、この「ポランの広場」ではないかと思うのです。
毎年の「賢治祭」では、菊池裕さん率いる「桜町ママさんコーラス」が、たいていこの歌を披露してくれますし、岩手県出身の作曲家加藤學氏も、「混声合唱のためのイーハトーヴォ幻想」という作品の中心に、この曲を据えておられます。
しかし、そのような人気とは裏腹に、1996年刊行の『【新】校本宮澤賢治全集』第六巻において、「ポランの広場」という題名の歌曲は、姿を消してしまったのです。
もちろん『〔旧〕校本全集』や『ちくま文庫版全集』までは、この曲はちゃんと収録されていました。しかし、『【新】校本全集』になって、以前の「ポランの広場」と同一歌詞の歌曲は、題名が「〔つめくさの花の 咲く晩に〕」と変わっただけでなく、そのメロディーにも、大幅に変更が加えられたのです。歌のイメージも大きく変貌し、それまでこの歌に親しんできた人にとっては、かなりの驚きがあったことだろうと思います。
この改変に対する私の考えは、「【新】校本全集」の歌曲の校訂について」という記事に書かせていただきました。
校訂に関してはいろいろな考え方がありうると思いますが、『【新】校本全集』が出てから20年あまりがたった現時点でも、新版の「〔つめくさの花の 咲く晩に〕」の方の実演を私はまだ耳にしたことがありません。今も実際に一般の人々によって歌われているのは、「旧校本全集版」の方の「ポランの広場」であるというのが現状です。
ということで、 ここでは、今はなき『〔旧〕校本全集』の楽譜による歌を、VOCALOID の声によるデータでお届けします。
この旧版の楽譜は、1934年の『文圃堂版全集』において、「宮澤賢治曲」として初めて登場しました。おそらく身近な誰かが、賢治が歌っていた節の記憶をもとに、採譜したと思われますが、最初の「つめくさの花の 咲く晩に・・・」の部分は4分の3拍子で、次の「ポランの広場の夏まつり・・・」以下の部分は4分の2拍子で、また「酒を飲まずに・・・」の部分は4分の3拍子で、という風に、何度も拍節が変わるのが特徴でした。
その後、『校本全集』においては、下記のように全体が4分の2拍子で記譜されるようなっています。メロディー固有の拍節は、最初の「つめくさの花の・・・」の部分も実質的には2拍子になっていましたから、これは妥当な処置と言えるでしょう。
さらにもう一つの問題は、一般にこの歌が合唱などで歌われる際には、「ポランの広場の夏まつり・・・」という
のリズムが続く箇所は、ややテンポを速めるのが通例になっている、ということです。青島広志編曲の「ポランの広場」でもそうなっていますし、上に触れた加藤學「イーハトーヴォ幻想」でも同様です。このような解釈の由来については不明ですが、「つめくさの花の…」の部分のなめらかな曲調と、「ポランの広場の…」の部分の躍動感を対比させる意味では、こういう歌い方も十分理解できます。
しかし、『校本全集』にまで至る歴代の楽譜では、下のちくま文庫版全集のものも含めて、テンポ変化の指示は付けられていませんので、ここではひとまず楽譜に忠実に、全体を同じテンポで歌うという方針で編曲を行ってみました。
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2.演奏
下の演奏では、伴奏は「アコーディオンと鉄琴だけ」のごく単純素朴なもので、「〔つめくさの花の咲く晩に〕」のにぎやかなカントリー調の楽隊とは、対照的です。歌は、女声の Meiko と男声の Kaito でお聴き下さい。
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3.歌詞
つめくさの花の 咲く晩に
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒を呑まずに 水を呑む
そんなやつらが でかけて来ると
ポランの広場も 朝になる
ポランの広場も 白ぱっくれる。
つめくさの花の かほる夜は
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒くせのわるい 山猫が
黄いろのシャツで出かけてくると
ポランの広場に 雨がふる
ポランの広場に 雨が落ちる。
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4.楽譜

(楽譜はちくま文庫版『宮沢賢治全集』第3巻より)