音楽学者の小泉文夫氏(1927-1983)が用いた概念で、「エンゲ・メロディー型」の旋律というのがあります。これは定義としては、一つだけの核音(nuclear note)を持つ旋律ということですが、日本の伝統音楽の中で具体的には、「わらべ唄」や「子守歌」に見られるような、「二音旋律」または「三音旋律」など、ごく単純な旋律を指すことが一般的です。
「二音旋律」のわらべ唄として、小泉氏は次の例を挙げておられます。これは、「ド」と「レ」の二つの音だけから成っています。
花いちもんめ
そして小泉氏は、長二度の二音旋律は、「二つの音のうちの上の音で終止する」という法則を見出しました。上の例でも、4小節目と8小節目の最後は、上の「レ」の音で終止しています。
「二音旋律」の次に単純な旋律としては、三つの音だけからできている「三音旋律」があります。
多くの人にとって、三音旋律で最も馴染み深いのは、ラーメン屋台の「チャルメラ」でしょう。
また、次のわらべ唄も、懐かしいものです。
夕焼け小焼け
そしてまた小泉文夫氏によれば、上記のように長二度の音程で並んだ「三音旋律」は、三つのうち真ん中の音で終止する、という法則があります。
実際、上の「チャルメラ」も「夕焼け小焼け」も、「ド」「レ」「ミ」の三音でできていますが、どちらも真ん中の「レ」で終わっています。
一方、わらべ唄の研究者でもある尾原昭夫氏は、『宮澤賢治の音楽風景─音楽心象の土壌―』において、岩手県紫波地方の子守歌「ねんねこや」を紹介しておられます(下楽譜)。
ねんねこや
こちらは、「ソ」「ラ」「シ」の三音旋律ですが、二小節ごとの小終止も、最後の終止も、いずれも真ん中の「ラ」で終わっています。
さて、上の子守歌が伝承されている紫波地方から、花巻はすぐお隣の郡ですが、賢治が劇「種山ヶ原の夜」の劇中歌として用いた「牧歌」は、やはり三音旋律です。
こちらは「ファ」「ソ」「ラ」の三音で記譜されていて、やはり途中の小終止も最後の終止も、真ん中の「ソ」の音です。小泉文夫氏の法則は、ここでもちゃんと当てはまっています。
そして、「ねんねこや」と比較すると、どちらも階名で言えば「ドレミレドレ」という同じような形の音型が、(修飾されながら)3回繰り返される形になっているところが、とてもよく似ています。
「種山ヶ原の夜」という劇は、大半が夢の中のお話ですが、眠ってしまう主人公にとって、樹霊たちが歌う「牧歌」は、まるで「子守歌」のように響きます。
この「牧歌」は、賢治の記憶の底にあった、こういう地元の子守歌的な旋律がもとになっているのではないか……などと、想像します。
(上の楽譜の出典は、「花いちもんめ」「チャルメラ」「夕焼け小焼け」は小泉文夫著『日本傳統音楽の研究』(音楽之友社)より、「ねんねこや」は尾原昭夫著『宮澤賢治の音楽風景』(風詠社)より、「牧歌」は『新校本宮澤賢治全集』第六巻(筑摩書房)より。歌声は、いずれも「初音ミク」を使用。)
コメント