けさの六時ころ ワルトラワラの(牧者の歌)
1.歌曲について
「ポラーノの広場」を探していた主人公たちが、山猫博士のパーティーにたどり着き、そこで羊飼いのミーロが唄う歌です。歌の上手なミーロは仲間に請われて、ためらいながらも前へ進み出ました。
わたくしも思はず、やれ、やれ、立派にやるんだと云ひました。するとミーロはたうたう決心したやうにいきなり咽喉かきはだけてはんの木の下の空箱の上に立ってしまひました。
「何をやりませう。」セロの人がわらってききました。
「フローゼントリーをやってください。」
「フローゼントリー、譜もないしなあ、古い歌だなあ。」楽員たちはわらって顔を見合わせてしばらく相談してゐましたが
「そいぢゃね、クラリネットの人しか知ってませんからクラリネットとね、それから鉦で調子だけとりますから、それでよかったら二節目からついて歌ってください。」
みんなはパチパチ手を叩きました。
(「ポラーノの広場」より)
「フローゼントリー」というのは、J.E.スピルマン作曲の「Flow Gently, Sweet Afton」という歌曲のことで、このメロディーに乗せて、下の歌詞が唄われたという設定です。
この歌曲は、旧『校本全集』までは「牧者の歌」と呼ばれていましたが、『新校本全集』からは、「作者自身がタイトルを付けていないものは、本文第一行をもって仮題とする」という原則に従い、「〔けさの六時ころ ワルトラワラの〕」として掲載されています。(しかし、この原則を歌曲にも適用するというのなら、『新校本全集』で「牧歌」として収録されている曲も、「〔種山ヶ原の〕」とするのが筋ではないかと思ったりもしますが……。)
2.演奏
物語のなかでは、伴奏は「クラリネットと鉦だけ」ということになっていますが、ここではクラリネットにピアノ伴奏という編曲にしました。原曲は、もう少し穏やかな雰囲気のようですが、賢治のこの詞の諧謔味を出すべく、ワルツ風にしています。
曲の最後のピアノの急速な下降音型は、栗の木の梢から急いで降りて来た「二匹の電気栗鼠」をあらわしています(つもり)。
3.歌詞
けさの六時ころ ワルトラワーラの
峠をわたしが 越えやうとしたら
朝霧がそのときに ちゃうど消えかけて
一本の栗の木は 後光を出してゐた
わたしはいたゞきの 石にこしかけて
朝めしの堅ぱんを 噛ぢりはじめたら
その栗の木がにはかに ゆすれだして
降りて来たのは 二疋の電気栗鼠
4.楽譜
(楽譜は『新校本宮澤賢治全集』第6巻本文篇p.348より)