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千葉望著『大切な人は今もそこにいる』

 東日本大震災から10年になる今年ですが、宮澤賢治のことにも触れた下記の本が、昨日の朝日新聞の書評欄に掲載されていました。

大切な人は今もそこにいる: ひびきあう賢治と東日本大震災 大切な人は今もそこにいる: ひびきあう賢治と東日本大震災
千葉 望 (著)

理論社 (2020/11/20)

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 表紙を見ると、カエルがオーバーを着て帽子をかぶる賢治の格好をしていてユーモラスですが、これは本書が「世界をカエル 10代からの羅針盤」という叢書の一冊であることからの趣向のようです。

 内容は、陸前高田のお寺で生まれ育ち、一時は花巻でも暮らしたという著者の生い立ちが第一章で簡単に紹介され、第二章では著者が東京で東日本大震災に遭い故郷の有り様に心を痛める日々、そして支援活動に岩手に向かう様子が記されます。第三章は、福島県で被災して兄夫婦を亡くした著者の知人が、その遺児たちのために『銀河鉄道の夜』(ますむらひろし版)を毎晩読み聞かせていたという日々の聞き書きで、第四章「『銀河鉄道の夜』とわたし。」において、賢治のこの作品への著者の思いが綴られます。そして第五章「大切な人を失うということ。賢治とトシ。」で、賢治の喪失体験がたどられます。

 東日本大震災当時の日常が書かれた文章を読むと、ずっと西日本にいる私でさえ、あの頃のツイッターにあふれていた空気感が甦ってきて、10年前のことがまるですぐそこのようでした。そして、震災を振り返るこの本の全篇を貫いているのは、著者の深い「賢治愛」です。

 「震災を振り返る」ということは、必然的に「亡くなった人々のことを思う」ことでもあります。
 本書の最後で、著者は次のように書いています。

 家族を失わなかった自分には、本当の意味で悲しみを共にすることはできないという自覚は今でも持っています。一人ずつ悲しみを蓄える部屋は大きさも置かれた場所も違っていて、心の一番奥のところにある部屋の扉を固く閉ざし、鍵をかけている人もいるからです。
 それなら少なくとも、彼らの気持ちをわかったふりはするまい。
 そう思って話を聴いているうちに、少しずつ人々の言葉に変化が現れてきたのはいつの頃だったでしょうか。不条理な死を悲しむ気持ちは今でも変わらないけれど、死者を悼む長い時間の中で、死者は死者として存在感を持ち始めました。あの日を起点として、別のいのちを与えられたかのようです。
 本来ならもっと長く生きているべきだった人、もう決して帰ってこない人でありながら、その一方ではいつも自分のそばにいて、見ていてくれる人でもある。それは時間が生み出した幻影なのでしょうか?
 私はそうは思いません。変な言い方になりますが、死者には死者の人生があるとさえ感じます。生前の人生と死後の人生。死後の人生は彼らを愛する人の中にあります。
〔中略〕
 懐かしい人は、いつも彼らを愛した人のそばにいるのです。

 これは、私自身も、大切な人を亡くし苦悩を抱える方々のお話を聴く時に、つねづね同じように感じていることです。
 そして震災後に、トシの死後の賢治の作品を憑かれたように読みながら、「賢治は亡きトシをどう感じていたか」ということについて私が考えたのも、これと同じようなことでした。賢治は「薤露青」などにおいて、トシを「今もそこにいる」と感じるに至って、本当に救われたのだと私は思うのです。(「トシ追悼過程における賢治の他界観の変遷」「賢治の他界観の変遷図」参照)

 そしてまた、亡くした人に対する同じような感覚は、先週ご紹介した映画「風の電話」とも、先月取り上げたフェヒナーの著書『死後の生活』とも、共通するものですね。