一六六

     薤露青

                  一九二四、七、一七、

   

   みをつくしの列をなつかしくうかべ

   薤露青の聖らかな空明のなかを

   たえずさびしく湧き鳴りながら

   よもすがら南十字へながれる水よ

   岸のまっくろなくるみばやしのなかでは

   いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から

   銀の分子が析出される

    ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり

      プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は

      ときどきかすかな燐光をなげる……

   橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは

   この旱天のどこからかくるいなびかりらしい

   水よわたくしの胸いっぱいの

   やり場所のないかなしさを

   はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ

   そこには赤いいさり火がゆらぎ

   蝎がうす雲の上を這ふ

     ……たえず企画したえずかなしみ

       たえず窮乏をつゞけながら

       どこまでもながれて行くもの……

   この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた

   わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや

   うすい血紅瑪瑙をのぞみ

   しづかな鱗の呼吸をきく

     ……なつかしい夢のみをつくし……

   

   声のいゝ製糸場の工女たちが

   わたくしをあざけるやうに歌って行けば

   そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が

   たしかに二つも入ってゐる

     ……あの力いっぱいに

       細い弱いのどからうたふ女の声だ……

   杉ばやしの上がいままた明るくなるのは

   そこから月が出やうとしてゐるので

   鳥はしきりにさはいでゐる

     ……みをつくしらは夢の兵隊……

   南からまた電光がひらめけば

   さかなはアセチレンの匂をはく

   水は銀河の投影のやうに地平線までながれ

   灰いろはがねのそらの環

     ……あゝ いとしくおもふものが

       そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが

       なんといふいゝことだらう……

   かなしさは空明から降り

   黒い鳥の鋭く過ぎるころ

   秋の鮎のさびの模様が

   そらに白く数条わたる

 

 

 


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