Home ⇒ [作品について2009年06月] ⇒ 十善法語

十善法語

 『春と修羅』の「風景とオルゴール」の章の最初に、「不貪慾戒」という作品があります。

   不貪慾戒

油紙を着てぬれた馬に乗り
つめたい風景のなか、暗い森のかげや
ゆるやかな環状削剥の丘、赤い萓の穂のあひだを
ゆつくりあるくといふこともいゝし
黒い多面角の洋傘をひろげ
砂砂糖を買ひに町へ出ることも
ごく新鮮な企画である
   (ちらけろちらけろ 四十雀)
粗剛なオリザサチバといふ植物の人工群落が
タアナアさへもほしがりさうな
上等のさらどの色になつてゐることは
慈雲尊者にしたがへば
不貪慾戒のすがたです
   (ちらけろちらけろ 四十雀
    そのときの高等遊民は
    いましつかりした執政官だ)
ことことと寂しさを噴く暗い山に
防火線のひらめく灰いろなども
慈雲尊者にしたがへば
不貪慾戒のすがたです

 「不貪慾戒」とは耳慣れない言葉ですが、仏教の「十善戒」、すなわち一般には不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不妄語戒、不綺語戒、不悪口戒、不両舌戒、不慳貪戒、不瞋恚戒、不邪見戒という、十の戒めの一つです。
 作品中に出てくる「慈雲尊者」とは、江戸時代後期の僧、慈雲飲光(1728-1805)のことで、十善戒を説いた『十善法語』を著した人です。その学識と徳の高さから、しばしば「尊者」と敬称を付けられます。慈雲の『十善法語』においては、上に記したように一般的は「不慳貪戒」と呼ばれている戒のことを「不貪慾戒」と呼んでいて、賢治の作品の題名が「不貪慾戒」となっていることと一致しています。これも、賢治が慈雲の『十善法語』を読んでいたと推測される根拠の一つです。

 「不貪慾戒」とは、文字どおり「貪慾であってはならない」という戒めのことですが、ではどうして「粗剛なオリザサチバといふ植物の人工群落が/タアナアさへもほしがりさうな/上等のさらどの色になつてゐること」や、「ことことと寂しさを噴く暗い山に/防火線のひらめく灰いろ」などが、「不貪慾戒のすがた」になるのでしょうか。
 そこで、『新宮澤賢治語彙辞典』の「不貪慾戒」の項を調べると、次のような引用解説が載っています(一部引用者改行)。

この詩句について池上雄三は次のように解説している。
「この詩の背景には慈雲尊者の『十善法語』があるわけだが、その中からこの詩に関連する部分の一例をあげよう。
<不貪慾戒に住して、色に対すれば、一切の青黄赤白が此眼を養ふに足るじゃ。一切松風水声・絲竹管絃が此耳を遊ばしむるに足るじゃ。>
これによると、物を前にしてその色彩を楽しんで物欲を起こさない心のあり方を不貪慾戒というのだから、風景画家は、自然の中に色彩を見出す者であるがゆえに、不貪慾戒に住することになる。そして賢治も今タアナアの心境で稲の群落に目を養い、心を遊ばせているのだから、慈雲尊者にしたがうならば、たしかに不貪慾戒に住するはずである。その証拠に、自然が『不貪慾戒のすがた』をとって現れているではないかということである。」(「『銀河鉄道の夜』の位置」静岡英和女子学院短期大学紀要第14号)

 この池上氏の指摘は先駆的で非常に意義深いものと思いますが、作品そのものを見ると、そこでは風景画家ターナーが不貪慾戒に住する、あるいは賢治自身が不貪慾戒に住する、ということは直接言われていません。作品中で賢治は、「稲が上等のさらどに色になっていること」、そして「寂しさを噴く暗い山に防火線のひらめく灰色」、というある種の自然現象が、「不貪慾戒のすがた」であると言っています。

 ところで『十善法語』の別の箇所では、「不貪慾戒の姿」について、次のように述べられています。

 此ノ正法の處より看れば。天地も全く不貪慾戒の姿じや。日も中すれば傾く。月も満ツれば欠クる。物盛なれば衰ふ。草木も。花のうるはしきものは果(このみ)が美ならぬ。禽獣も。角ある者は牙を略す。珠玉の多き國は。必ず五穀衣服に乏し。寒雪の國は暴風少きと云フじや。(三密堂書店『十善法語 并関連法語・文献』)

 すなわち、ここでは種々の無機的あるいは有機的自然現象が例として挙げられていて、それらには何らかの「限度」というものがあること、そしてそのうちのある部分が優れている場合には他の部分が不十分であるというような一長一短が認められ、その存在自体が「足るを知れ」という不貪慾戒の本質を象徴しているのだということを、慈雲は言っているようなのです。
 そういう視点で作品の本文を見れば、「稲というのは粗剛な植物であるが」(宮澤家本によれば「がさつな草であるが」)、「色は素晴らしくなる」という一長一短があり、また「ことことと寂しさを噴く暗い山でも、そこにひらめく防火線の灰いろ(は美しい?)」という一長一短があるということで、それぞれが不貪慾戒を象徴する「姿」である、ということになるのかと思ったりします。

 ところで少し話は変わりますが、画家ターナーは、色彩に対して次のような好き嫌いを持っていたということです(Wikipedia 「ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー」より)。

ターナーが好んで使用した色は黄色である。現存している彼の絵具箱では色の大半が黄色系統の色で占められている。逆に、嫌いな色は緑色で、緑を極力使わないよう苦心した。ターナーは知人の一人に対して「木を描かずに済めばありがたい」と語っている。また別の知人から、ヤシの木を黄色く描いているところを注意された時には、激しく動揺している。

 つまり、「タアナアさへもほしがりさうな」という部分の意味は、「緑色嫌いだったターナーでも欲しがりそうな、極上の緑色」ということなのでしょうね。


 あと、『新宮澤賢治語彙辞典』には、賢治の作品で慈雲の『十善法語』に由来している可能性のあるものが、さらにいくつか挙げられています。
 短歌の、

37 泣きながら北に馳せ行く塔などの
   あるべきそらのけはひならずや

と関連が推定される部分として、『十善法語』巻第十一「不邪見戒之中」にある次の箇所が引用されています。

日蓮尊者後夜座禅より起チて、大衆に告ぐ。此ノ暁天の時、桜閣形の有情、号泣して虚空を凌ぎ去ルと。…世尊言ハく、此レ軽地獄の衆生なり。前身人間たりしとき、仏閣を己が遊覧処となせし故、此ノ報を受ケて久シく苦シむ。

 さらに、童話「蛙のゴム靴」に出てくる「雲見」に関しては、『十善法語』巻第五「不綺語戒」の一部が記されています。

雲を看て楽しむ者、よく四季七十二候の変を知ると云ふ。或は雲の姿を見、色を見、起滅を見て世の吉凶を占ひ知る者もある。隠逸の士、雲を見て詩歌を弄ぶもある、悉く面白かるべきじや。上なることを以て云はゞこの雲によそへて、五蘊色身、來去の相に達す。縁起を明了にして、優に聖域に入る。

 ついでに私もちょっと気がついたのですが、「不貪慾戒」から20日ほど後の日付けを持つ「」という作品に、次のようなところがあります。

金をもつてゐるひとは金があてにならない
からだの丈夫なひとはごろつとやられる
あたまのいいものはあたまが弱い
あてにするものはみんなあてにならない
たゞもろもろの徳ばかりこの巨きな旅の資糧で
そしてそれらもろもろの徳性は
善逝(スガタ)から来て善逝(スガタ)に至る

 一方、『十善法語』巻第八「不貪慾戒」には、次のような箇所があります。

千金の子も一銭を将チ來らず。不貪慾戒の姿じや。勇烈の士も。此ノ生力なく。此ノ死力ない。不貪慾戒の姿じや。智謀の士も。此ノ生自ら知ラず。此ノ死自ら辨ぜぬ。不貪慾戒の姿じや。(三密堂書店『十善法語 并関連法語・文献』)

 これらは何となく、似ているような気がしました。ちょうどこの頃の賢治が『十善法語』の「不貪慾戒」を読んでいので、影響があったのでしょうか。

慈雲尊者
慈雲尊者