「いさをかゞやくバナナン軍」アップ

 しばらく前から作成していた「いさをかゞやくバナナン軍(バナナン大将の行進歌)」がやっと完成したので、「歌曲の部屋」にアップしました。
 これによって、『【新】校本宮澤賢治全集』第六巻の「歌曲」の項に収録されている賢治の全ての歌曲の演奏ファイルを、「歌曲の部屋」に収めたことになります。今回の曲は最後とあって、ちょっと編曲に凝ってみたりして・・・。

 とりあえず全部そろったので、「宮澤賢治歌曲全集」の自作CDを作ってみようかと思ったりもするのですが、たとえディスクはできても、「歌詞」や「曲の解説」を印刷したり製本したりするのが大変そうで、二の足を踏んでいます。

 何はともあれ、まずはお聴き下さい。下には、賢治の歌詞と、公開ページに書いた今回の「編曲の構成」も載せています。

「いさをかゞやく バナナン軍」(MP3: 5.01MB)

いさをかゞやく  バナナン軍
マルトン原に   たむろせど
荒さびし山河の すべもなく
飢餓の 陣営   日にわたり
夜をもこむれば つはものの
ダムダム弾や  葡萄弾
毒瓦斯タンクは 恐れねど
うゑとつかれを いかにせん
やむなく食みし 将軍の
かゞやきわたる 勲章と
ひかりまばゆき エボレット
そのまがつみは 録(しる)されぬ
あはれ二人の  つはものは
責に死なんと  したりしに
このとき雲の  かなたより
神ははるかに  みそなはし
くだしたまへるみめぐみは
新式生産体操ぞ。
ベース ピラミッド カンデラブル
またパルメット エーベンタール
ことにも二つの コルドンと
棚の仕立に    いたりしに
ひかりのごとく  降(くだ)り来し
天の果実を    いかにせん
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの  くろつちに
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの  くろつちに


【編曲の構成】
 マルトン原の夜のしじまの中、幕営で眠る兵士の耳には、寂しい軍隊ラッパがこだまします。それは、マルトン原を囲むく山々の彼方から聞こえてくるのか、はたまた兵士の記憶の底から響いてくるのでしょうか。
 続いて弦楽器が、「行進歌」本体の前半部と後半部のモチーフをもとにした緩徐な旋律を奏ではじめます。そのうちにメロディーはいつしか、「チッペラリーの歌=私は五聯隊の古参の軍曹」に変容していき、曲はしだいに軍楽調の行進曲となって盛り上がった後、序奏部分は終わって、行進歌の第一節「いさをかゞやく バナナン軍…」が、歌いはじめられます。

 第三~四節目「夜をこむれば つはものの/ダムダム弾や 葡萄弾…」のあたりでは、曲冒頭に出てきたファンファーレが進軍ラッパのように響くとともに、銃撃や砲弾の音も聞こえてきます。このあたりは勇ましい様子なのですが、「うゑとつかれを いかにせん…」という切実な現実に遭遇すると、音楽からは力が抜けていってしまいます。この部分の伴奏音型は、「一時半なのにどうしたのだらう」の編曲から引用されていて、例の「銅鑼」も登場します。
 しばしの迷いの沈黙の後、第五節「やむなく食みし 将軍の…」となり、バナナン大将の勲章を食べてしまった責任を負って、二人の兵士はまさに自殺を決行しようとします。この場面でオルゴールが懐古的な調子で奏でるのは、兵士たちが罪を悔いて歌った「飢餓陣営のたそがれの中」のメロディーです。
 この時、まさに祈りのオルゴールの断片も果てようとした瞬間、奇跡が起こります。それまで怒り心頭に発していたバナナン大将は、神様から「生産体操」の啓示を受けたのです。
 曲は長三度上へと転調して、あたかも天使たちの合唱のように、第八~九節「このとき雲のかなたより…」が、弦楽器やチェレスタの伴奏によって歌われます。

 これに続く第十~十二節、「ベース ピラミッド カンデラブル…」に始まる「生産体操」の部分は、また極端に一転して、民謡の「音頭」のリズムになります。今回この部分を、日本の伝統的な祭りにおける「踊り」の音楽にしてみた理由の一つは、もともとこの旋律が民謡調だからですが、もう一つの理由は、「生産体操」というものの意味にあります。
 これは、学校で行われるので「体操」と呼ばれているのでしょうが、じつはその本質は、歌詞を見たらわかるとおり、農作業の動作の型を身体の動きで表現した後、天の恵みに感謝するというもので、まさに秋の収穫祭で農民たちによって踊られる「田植え踊り」などと同質のものなのです。そのような「踊り」は、「すべての農業労働を」「舞踊の範囲に高め」る(「生徒諸君に寄せる」)ことを願った賢治の思いにも、そのまま通じるものでしょう。
 第十二節では、「天の果実を いかにせん…」と収穫物を讃えつつ、皆の踊りは笛や太鼓とともに最高潮に達していきます。

 最後は第十三~十四節、「みさかえはあれ かゞやきの…」という自然(雨と土)の讃歌の合唱に移り、男声と混声で二回繰り返されます。
 その感謝の祈りはチェレスタの響きとともに静かに天に昇っていって、締めくくりはまた夢のように、序奏と同様の静かな弦楽合奏によって閉じられます。