作者の遺族が守ろうとするもの

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 つい先日の産経新聞に、著作権保護期間延長をめぐる最近の議論の特集記事が載っていました。3回連載の最終回は、宮澤賢治のご遺族のお一人のインタビューも掲載されていましたので、興味深く拝読し、私なりにいろいろと考える機会になりました。

 著作権をめぐって昨年から議論されているポイントは、著作権保護期間を現在の50年から70年に延長すべきか否かということなのですが、大まかに言えば、著作者やその遺族は、期間延長に賛成している場合が多いのに対して、作品を享受する側は、延長することによる弊害が多いとして、反対しているという構図です。後者の立場から精力的に意見著作権の保護期間延長に反対しますを述べつづけているのは、あの「青空文庫」ですね。右のようなロゴをご覧になった方も多いでしょうし、反対の署名活動も展開しています。

 しかし、産経新聞の記事によれば、作者の遺族の中にも「保護期間延長に反対」という方はおられて、たとえば夏目漱石の孫で、マンガ・コラムニストの夏目房之介さんは、次のように述べておられました(以下は産経新聞記事からの引用)。

 (夏目さんは)「もし今も漱石の著作権があったとしても、私には必要ない」と断言する。夏目さんにとって漱石は、すでに家族の手を離れた、国民的存在だ。最近でも、漱石に関する出版物やイベントについて許諾を求められることはあるが、「自由にやってもらっている。協力も反対もしない」と割り切っている。

 これに対して、この夏目房之介さんとは正反対の役回りで登場するのが、賢治のご遺族です。
 じつは、宮澤賢治は今年で没後74年ですから、著作権保護期間がたとえ70年に延長されようと、何も扱いに変化があるわけではありません。今回、インタビューに答えてご遺族が話されたのは、直接的な著作権の問題とは少し離れて、その根底にある「遺族は、作者に関する『何か』を、作者の死後も守りつづけなければならない」というお考えだったと言えるでしょう。
 この『何か』の中身が何であるかはさておき、賢治のご遺族は著作権保護期間の消滅後も作品等に対して法的な権利を確保しつづけることを目的として、賢治の肖像写真や描画を「商標」として登録しておられます。それによって、それらの無断使用を防ごうとしておられるのですが、以下は、ご遺族がこのような手段を取っている理由について、産経新聞記事からの引用です。

 (この理由についてご遺族は、)「商品や企業の宣伝、観光客誘致のためだけに利用されたくないから」と語る。
(中略)
 「著作権がフリーになると、人格や作品などに関係なく使われてしまう。国の法律や記念館などで守ってくれればいいが、実際は遺族や仲間で守るしかない」

 賢治のご遺族の方々は、商標登録によって、結局「何を」守ろうとされているのでしょうか。それは後半の引用発言から判断すると、「(作者の)人格や作品などに関係なく使われてしまう」という事態が起こらないように、日々尽力しておられるということだと思われます。
 そのことは、大変なご苦労だと思いますが、ここで問題になるのは、「人格や作品などに関係ない」とか「関係ある」という判断を、誰が行うのかということです。
 現実には、それは賢治の遺族の方々が、ご自分たちの判断で行って、「管理」をしておられるわけです。これが「商品や企業の宣伝、観光客誘致のためだけに利用され」ているのが明白な場合などは、判断に迷われることもないでしょうし、私もそのような目的で賢治が利用されてほしくないと思います。
 ただ、様々な幅広い表現活動が今後も行われていくであろうことを考えると、場合によっては判断の基準などをめぐって、いろいろと難しいケースが出てくることもあるのではないかと懸念します。

 畢竟これは、「漱石は、すでに家族の手を離れた、国民的存在だ」と夏目房之介さんが言っておられることとは、対照的なスタンスではありますが、しかし実際に現在の賢治の幅広い人気を見ると、すでに彼は漱石に劣らず「国民的存在」になったと言ってよいのではないでしょうか。一部では、国境を越えて「地球的存在」にさえなりつつあります。
 そのような状況下で、ご遺族が賢治に関する「表現活動のあり方」を管理しつづけようとするのは、現実的にはなかなか困難になってきているのではないかと、私は思うのです。例えば海外における表現内容まで、いちいちチェックしているのは不可能でしょう。
 もちろん、ご遺族にはご遺族なりの賢治に対する深い思いがあることは、十分に理解できます。私だって、もしも賢治が自分の「ご先祖様」だったら、また違った感じ方はしているでしょう。
 しかし客観的に考えると、上述のように、「判断の基準をどのように設定するのか」「全ての表現活動をチェックすることの現実的困難さ」という問題をクリアした上でなければ、これは、コントロールできないものをあくまでコントロールしつづけようとする「徒労」にならないかと、私としては危惧するのです。


 思えば生前の賢治自身も、「学校劇禁止令」で苦汁を飲まされたり、羅須地人協会の活動が左翼的運動ではないかと疑われて、以後活動に慎重にならざるをえなくなったという不本意な体験もしています。表現活動の自由を尊重することも、「賢治精神」の一面ではないかとさえ、私は思ったりします。

 もっともたしかに、玉石混淆の今の情報化時代、賢治に関していろいろ変なものが出てくると、個人的には非常に腹立たしくなることも、間々あります。
 しかしそういう時には、「けれどもまもなく/さういふやつらは/ひとりで腐って/ひとりで雨に流される」のだとみなして、スルーしておけばよいのだろうと、私自身は思うようにしています。