いさをかゞやく バナナ軍(バナナン大将の行進歌)

1.歌曲について

 コミックオペレット「飢餓陣営」のフィナーレを飾る歌が、「いさをかゞやく バナナ軍」です。『旧校本全集』以前は、この曲は「バナナ大将の行進歌」と呼ばれていましたが、新全集になって、作者が「表題」を付けていない場合のルールに従い、本文第一行目をとってこのようになりました。
 しかし、「飢餓陣営」の本文には、この歌の歌詞の前に「バナナ大将の行進歌」と記されていますから、これを作者による表題と解釈するかどうかで、議論の余地があるところかもしれません。ここでは、旧題も括弧内に記しています。

  さて、この歌の旋律が、明治時代に流行した軍歌「教導団歌」に由来していることは、『新校本全集』編者の佐藤泰平氏によって究明されました。
 「教導団」とは、明治初期に設置された陸軍下士官の養成所で、この歌は、明治19年から23年頃にできたものと言われています。誰か特定の人が作曲したというよりも、自然発生的に歌われるようになったもののようで、民謡などに見られる日本の伝統的な「陽旋法」に則っています。西洋式音階による軍歌よりも、より庶民的な出自を感じさせるところです。

 賢治は、この「教導団歌」の民謡的な旋律に、14節28行の長い歌詞を付けて、「飢餓陣営」全体のあらすじを回顧するという形の歌にしました。映画の終わりに、回想シーンが順に映されていくようなもので、劇の最後に登場人物全員で行進しながらこれを歌えば、観客もあらためて印象を深めることができたでしょう。

2.演奏

 さて今回の演奏は、少しだけ凝ったオーケストラ仕立てにしてみました。随所には、「飢餓陣営」の劇中で歌われた他の歌曲の断片も埋め込んでいます。そして、「私は五聯隊の古参の軍曹」において示されたように、劇の内容全体が一人の兵士が見た「夢」だったという設定にもとづき、曲の最初と最後は、夢の世界を暗示する響きにしてあります。

【編曲の構成】
 マルトン原の夜のしじまの中、幕営で眠る兵士の耳には、寂しい軍隊ラッパがこだまします。それは、マルトン原を囲むく山々の彼方から聞こえてくるのか、はたまた兵士の記憶の底から響いてくるのでしょうか。
 続いて弦楽器が、「行進歌」本体の前半部と後半部のモチーフをもとにした緩徐な旋律を奏ではじめます。そのうちにメロディーはいつしか、「チッペラリーの歌=私は五聯隊の古参の軍曹」に変容していき、曲はしだいに軍楽調の行進曲となって盛り上がった後、序奏部分は終わって、行進歌の第一節「いさをかゞやく バナナ軍…」が、歌いはじめられます。

 第三~四節目「夜をこむれば つはものの/ダムダム弾や 葡萄弾…」のあたりでは、曲冒頭に出てきたファンファーレが進軍ラッパのように響くとともに、銃撃や砲弾の音も聞こえてきます。このあたりは勇ましい様子なのですが、「うゑとつかれを いかにせん…」という切実な現実に遭遇すると、音楽からは力が抜けていってしまいます。この部分の伴奏音型は、「一時半なのにどうしたのだらう」の編曲から引用されていて、例の「銅鑼」も登場します。
 しばしの迷いの沈黙の後、第五節「やむなく食みし 将軍の…」となり、バナナ大将の勲章を食べてしまった責任を負って、二人の兵士はまさに自殺を決行しようとします。この場面でオルゴールが懐古的な調子で奏でるのは、兵士たちが罪を悔いて歌った「飢餓陣営のたそがれの中」のメロディーです。
 この時、まさに祈りのオルゴールの断片も果てようとした瞬間、奇跡が起こります。それまで怒り心頭に発していたバナナ大将は、神様から「生産体操」の啓示を受けたのです。
 曲は長三度上へと転調して、あたかも天使たちの合唱のように、第八~九節「このとき雲のかなたより…」が、弦楽器やチェレスタの伴奏によって歌われます。

 これに続く第十~十二節、「ベース ピラミッド カンデラブル…」に始まる「生産体操」の部分は、また極端に一転して、民謡の「音頭」のリズムになります。今回この部分を、日本の伝統的な祭りにおける「踊り」の音楽にしてみた理由の一つは、もともとこの旋律が民謡調だからですが、もう一つの理由は、「生産体操」というものの意味にあります。
 これは、学校で行われるので「体操」と呼ばれているのでしょうが、じつはその本質は、歌詞を見たらわかるとおり、農作業の動作の型を身体の動きで表現した後、天の恵みに感謝するというもので、まさに秋の収穫祭で農民たちによって踊られる「田植え踊り」などと同質のものなのです。そのような「踊り」は、「すべての農業労働を」「舞踊の範囲に高め」る(「生徒諸君に寄せる」)ことを願った賢治の思いにも、そのまま通じるものでしょう。
 第十二節では、「天の果実を いかにせん…」と収穫物を讃えつつ、皆の踊りは笛や太鼓とともに最高潮に達していきます。

 最後は第十三~十四節、「みさかえはあれ かゞやきの…」という自然(雨と土)の讃歌の合唱に移り、男声と混声で二回繰り返されます。
 その感謝の祈りはチェレスタの響きとともに静かに天に昇っていって、締めくくりはまた夢のように、序奏と同様の静かな弦楽合奏によって閉じられます。

3.歌詞

いさをかゞやく  バナナ
マルトン原に   たむろせど
荒さびし山河の すべもなく
飢餓の 陣営   日にわたり
夜をもこむれば つはものの
ダムダム弾や  葡萄弾
毒瓦斯タンクは 恐れねど
うゑとつかれを いかにせん
やむなく食みし 将軍の
かゞやきわたる 勲章と
ひかりまばゆき エボレット
そのまがつみは 録(しる)されぬ
あはれ二人の  つはものは
責に死なんと  したりしに
このとき雲の  かなたより
神ははるかに  みそなはし
くだしたまへるみめぐみは
新式生産体操ぞ。
ベース ピラミッド カンデラブル
またパルメット エーベンタール
ことにも二つの コルドンと
棚の仕立に    いたりしに
ひかりのごとく  降(くだ)り来し
天の果実を    いかにせん
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの  くろつちに
みさかえはあれ かゞやきの
あめとしめりの  くろつちに

楽譜

(楽譜は『新校本宮澤賢治全集』第6巻本文篇p.344より)