童話「山男の四月」で山男は、魚屋の店先に吊るされているタコを眺めて、次のように感じ入ります。
入口にはいつもの魚屋があつて、塩鮭のきたない俵だの、くしやくしやになつた鰯のつらだのが台にのり、軒には赤ぐろいゆで章魚が、五つつるしてありました。その章魚を、もうつくづくと山男はながめたのです。
(あのいぼのある赤い脚のまがりぐあひは、ほんたうにりつぱだ。郡役所の技手の、乗馬ずぼんをはいた足よりまだりつぱだ。かういふものが、海の底の青いくらいところを、大きく眼をあいてはつてゐるのはじつさいえらい。)
山男はおもはず指をくわいて立ちました。
海のない町で生まれ育ち、14歳で初めて海を見て気味悪さを覚えた賢治が、暗い海の底を這う生き物について、これほどの興味を示しているのは、ちょっと意外で面白く感じます。
賢治が好きだった動物というと、まず「馬」が思い浮かびますが、「犬」にはあまりいいイメージは持っていなかったようですし(詩「犬」)、「猫」のことははっきり「大嫌ひです」と書いているほどで(短篇「猫」)、彼は生身の動物というのは、どちらかというと苦手だったのではないかと、思ったりしていました。
しかしそういう賢治が、生々しくてちょっとグロテスクな感じもある「タコ」のことを、上のように「ほんたうにりっぱだ」「じつさいえらい」とまで讃えているのは、思いがけず彼の別の面を見るような感じもします。「猫のからだの中を考へると吐き出しさうになります」と書いているのに(短篇「猫」)、ぐねぐねしてちょっと怖いタコの脚にについては、「あのいぼのある赤い脚のまがりぐあひは、ほんたうにりつぱだ」というのです。
もちろん、これはあくまでもお話の中で「山男」が感じていることなのですが、作者にもある程度の共感がないと、こうまでは書けないだろうと思います。
童話の中ほどで山男は、一緒に薬にされてしまった上海人と、次のような会話も交わしています。
「さあ、そんなものは、あの魚屋には居なかつたやうだぜ。もつとも章魚はあつたがなあ。あの章魚の脚つきはよかつたなあ。」
「へい。そんないい章魚かい。わしも章魚は大すきでな。」
「うん、誰だつて章魚のきらいな人はない。あれを嫌ひなくらいなら、どうせろくなやつぢやないぜ。」
「まつたくさうだ。章魚ぐらゐりつぱなものは、まあ世界中にないな。」
「誰だつて章魚のきらいな人はない。あれを嫌ひなくらいなら、どうせろくなやつぢやない」とか、「章魚ぐらゐりつぱなものは、まあ世界中にない」というのですから、これはもう相当の思い入れです。
※
原子朗さんの『定本宮澤賢治語彙辞典』を見ると、賢治作品とタコについて、次のような説明がありました。
賢治作品に章魚がよく登場するのは、当時の輸送手段の不便もあって、内陸部では川魚以外鮮魚は口にすることが困難で、多くは干ものや塩物(それもひどく塩辛い)か、章魚や烏賊のような比較的長もちのする魚介類に限られていたという事情がある。
なるほどそういう事情もあるのかと思いますが、実際、「冬と銀河ステーシヨン」には、花巻よりさらに内陸にある土沢の市で売られているタコについて、次のような描写があります。
みんなは生ゴムの長靴をはき
狐や犬の毛皮を着て
陶器の露店をひやかしたり
ぶらさがつた章魚を品さだめしたりする
あのにぎやかな土沢の冬の市日です
また賢治のタコへの注目は、内陸部の魚屋の店先だけではなく、その名産地である三陸海岸を旅した時にも、やはり顕著です。
まず下記は、「発動機船 一」の初期形から。
そばでは飯がぶうぶう噴いて
角刈にしたひとりのこどもの船員が
立ったまゝすりばちをもって
章魚に酢味噌をまぶしてゐる
発動機船の船員たちは、まさに獲れたての新鮮なタコを、酢味噌和えにして食べるようですが、樽に入ったタコを宮古港で発動機船から水揚げする直前の様子は、「発動機船 三」に描かれています。
石油の青いけむりとながれる火花のしたで
つめたくなめらかな月あかりの水をのぞみ
ちかづく港の灯の明滅を見まもりながら
みんなわくわくふるえてゐる
……水面にあがる冬のかげらふ……
もゝ引ばきの船長も
いまは鉛のラッパを吹かず
青じろい章魚をいっぱい盛った
樽の間につっ立って
やっぱりがたがたふるえてゐる
このように、賢治はどこへ行っても、何となくタコの様子が気になっていたようなのです。
※
ところでタコというと、次のようなエピソードも思い浮かびます。少し長くて恐縮ですが、佐藤隆房著『宮沢賢治─素顔の我が友─』からの引用です。
昭和二年の秋の末の一夜。土地の花巻共立病院の院内で、藤原先生を中心とした熱心な音楽愛好者たちが集まって、レコード・コンサートが開かれました。
賢治さんと藤原さんは大の仲好しで、仲好しだけに時に激しい論争をします。音楽のことになると藤原先生の鼻息がなかなか荒くなり
「大体、交響楽というものは、レコードぐらい聴いたって分かるものではないです」
「いや、大体のことは分かるものさ」
賢治さんは、けろりとして反駁します。フランスのドビュッシーの『海』という交響詩のレコードがかけられる時です。
「通俗的でも何でも、曲に解説をつければ聴きやすいから、ひとつ解説をつけてはどうだろうかね」と賢治さんが言いました。
「解説なんてつけたってしようがない。聴く人によってそれぞれ感じが違うものだし、第一そんなにはっきり解説をつけるということは、音楽の場合は間違っている」と音楽の先生は主張して譲らないのです。
「いや、とにかくそんなら私がする」ということになって、賢治さんが立ち上がりました。
レコードがかけられて、ドビュッシーの『海』のオーケストラが秋の夜の静けさに織り込まれて流れ出ます。
「きれいなきれいな星月夜で、静まった海上に一隻の船が浮かび出たところです。乗っている漁夫が今海に入りました。次第次第に深く潜って行きます。今、水の中で漁夫はたこを捕らえました。大急ぎで上がって来ます。たこは船の上へ上げられました」
そのレコードが終わると同時に藤原先生は興奮して立ち上がりました。そして賢治さんに向かって
「そんな説明をするのか、君、僕は帰る。お前とは絶交だ」と言いすてて、どんどん出ていってしまいました。
訳を知っている人はお腹の皮がよじれるばかりおかしかったのです。吹き出しては藤原先生にすまないと思って、前こごみになって、腹をおさえながらじっと辛棒していましたが、訳を知らない人は、あまりのけんまくにギクッとしました。〔後略〕(註)藤原先生は非常に熱心な音楽家で、独学よくその楽才を認められています。興が乗ってくると「ティティトタティトタディディディデド」と奇声を発し、両手の指を広げて、ピアノの鍵板の上を躍らし、しまいには身体も躍り出すという熱中状態になります。その最高潮の時に、顔がたこに似てくるというので、生徒たちが「タコ」とあだ名をつけていたのです。
(佐藤隆房『宮沢賢治』pp.181-183)
「美しい月夜に浮かぶタコと漁夫」という情景は、「発動機船 三」を連想させますね。
しかし藤原嘉藤治にしてみれば、女学生から「タコ」と呼ばれていたとなると気にするのも無理はないでしょうが、上であれこれ見たように賢治が相当なタコ好きだったことを考えると、ここで彼がタコを持ち出したのは、さほど悪意ではなかったのではないかとも思えます。
※
ところで岩手県は、現在もタコの名産地です。農林水産省が公表している「海面漁業生産統計調査」を見ると、2025年の都道府県別の「タコ類」の漁獲量は、下表のようになっています。
| 都道府県 | 漁獲量(100t) | |
|---|---|---|
| 1位 | 北海道 | 160 |
| 2位 | 岩手県 | 13 |
| 3位 | 宮城県 | 9 |
| 4位 | 青森県 | 8 |
| 5位 | 福島県 | 6 |
| 5位 | 福岡県 | 6 |
| 5位 | 長崎県 | 6 |
| 8位 | 兵庫県 | 5 |
1位の北海道は桁違いに多いですが、実は北海道ではマダコは獲れず、これはミズダコやヤナギダコの漁獲量です。一方、歯ごたえや旨みのあるマダコが獲れるのは本州以南で、これについては全体2位の岩手県が代表的な産地なのです。
私は来月、昨年に続いて北三陸の普代村で賢治に関するお話をすることになっているのですが、実はこの普代村も、美味しいタコの産地です。
たとえば普代村の「ふるさと納税」の返礼品として、立派な「蒸しダコ」があります。
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たこ刺身 たこ焼き 小分けで真空パック! 便利! 蒸気で蒸し加熱し、素材の旨味をギュッと閉じ込めています。 たこめし タコの唐揚げ 刺身 ごはん 夕飯 おかず おつまみ 海産物 海鮮 魚介類 国産 |
岩手県内で、タコの水揚げが最も多い港は宮古港だということですが、これは賢治の時代からそうだったようで、「発動機船 三」で宮古に入港する発動機船には、タコを詰めた樽が積まれています。それでは、その樽が発動機船に積み込まれたのはどこだったのかと溯ってみると、「発動機船 第二」に描かれているように、羅賀かどこかの北三陸の港だったのです。
ということで、過日私は普代村から送られてきた上の蒸しダコを酢味噌で和えて、「発動機船 一」の世界を味わってみました。
その旨みと歯ごたえは、山男のように、「ほんたうにりつぱだ」「じつさいえらい」と言うしかないものでした。
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