映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を見ました。
謎の宇宙微生物によって死にかけている太陽と地球を救うために、3名を乗せた宇宙船が、くじら座タウ星系に向けて旅立ちます。しかし、乗組員の2名は目的地に着く前に亡くなってしまい、一人だけ残された中学校の科学教師グレースが、制限された環境のもと、あらゆる科学知識と工夫と機転と創造性を総動員して、ミッションに挑むというお話です。
「ヘイル・メアリー」というのは、ラテン語では"Ave Maria"で、聖母マリア様に祈願する言葉です。上記の困難なプロジェクトがこう名付けられている直接の由来は、アメリカンフットボールで劣勢のチームが試合終了間際に一か八かで試みる、「ヘイル・メアリー・パス」という作戦にあります。それをやったところで、成功する確率は非常に低いものの、やらなかったら負けは確実なので、とりあえず「ダメ元」でやってみようという、「賭け」のことです。
信仰対象への尊崇を込めた呼びかけ"Ave"は、仏教で言うなら「南無」でしょうから、この映画の題名を日本的に付けるなら、『南無阿弥陀仏計画』でしょうか。
そういった、ちょっと自虐的なユーモアも込められたタイトルだと思います。
それはさておき、主人公のグレースは、最高に切羽詰まった状況に追い込まれているにもかかわらず、たった一人で、諦めず、粘り強く、感情的になったり冷静になったりしつつも、ユーモアを忘れず難題と格闘し続けます。何があっても前を向こうとするその姿は、本当に清々しく爽快なものでした。
もとは優秀な分子生物学者だったこの青年は、いろいろあって研究者を辞めて中学教師になり、今はその仕事にやりがいを感じていますが、私生活では孤独に暮らしているようです。そんな彼が、またいろいろあって「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の一員となり、地球に帰還する燃料は積まない「片道切符」のミッションを、託されているのです。
言わば彼は「自己犠牲」をしようとしているわけですが、こういうヒーローが活躍するたいていの映画では、主人公は「愛する家族」のために自らの命も顧みずに戦う、というのが定番になっています。
小惑星が地球に迫る『アルマゲドン』では、主人公は愛娘の恋人の身代わりとして一人小惑星に残って地球を救いますし、宇宙移住計画を扱う名作『インターステラー』でも、父と娘の絆が全篇を貫いていました。『ダイ・ハード』でも『ダイ・ハード2』でも、人質の中には主人公の妻がいて、ジョン・マクレーン刑事は全員の救出と愛妻ホリーとの再会のために、奮闘するのです。
このように、家族の情愛を英雄譚に絡ませた方が、観客の感情移入はより強まるのでしょうが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の主人公グレースは、そういったウェットな感情は意に介さず、地球の全ての生き物のために、強いて限定するとしても「中学校の教え子たちのために」、未来の災厄の対策研究に献身し、遂には宇宙に飛び立つのです。
本作の特徴であるこのような恬淡とした潔さについて、英文学者で批評家の北村紗衣さんは、「科学という福音と女たちの知らない男~『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(ネタバレあり)」で、次のように評しておられます。
『オデッセイ』の原作である『火星の人』同様、著者のアンディ・ウィアーは明るくて湿っぽくないハードSFを書く人なのだが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も極めてカラっとした楽しいSFである。通常のSFだと主人公が地球に残してきた家族とか恋人とかがいて…みたいな展開があるが、ウィアーの場合はそれが無いので、湿っぽい感情抜きでヒーローがとにかく難しいが重要なミッションに命をかけて挑み、科学の力と機転でそれを解決する様子が描かれる。科学者同士の信頼とか友情や、それに伴う自己犠牲の覚悟なんかは描かれるのだが、ロマンスとか親子の情みたいなものが入ってくる余地はあまりない。そこが良いところ…というか、そういう家族的な情愛がないと話が盛り上がらないという固定観念を吹っ飛ばしてくれる作りが面白い。ヒーローは別に大事な人のために戦うのではなく、顔も知らない地球のみんなのために戦ってくれるものなのである。
(「Commentarius Saevus」より)
北村さんの筆致も痛快ですが、最後の「ヒーローは別に大事な人のために戦うのではなく、顔も知らない地球のみんなのために戦ってくれるものなのである」というのは、まさに宮沢賢治的な構図です。実に賢治は、「青森挽歌」では《みんなむかしからのきやうだいなのだから けつしてひとりをいのつてはいけない》と書き、また次のように個人的な愛情を戒めてもいました。
私は一人一人について特別な愛といふやうなものは持ちませんし持ちたくもありません。さういふ愛を持つものは結局じぶんの子どもだけが大切といふあたり前のことになりますから。
(書簡252a下書, 1929頃?)
あるいは、「銀河鉄道の夜」の推敲過程を見ると、まず当初の「初期形一」には、次のような箇所がありました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一諸に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならばそしておまへのさいはひのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。」
この箇所は、「初期形二」以降では、次のように改められます。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一諸に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。」
つまり、ジョバンニの献身の目的は、「みんなの幸のためならばそしておまへのさいはひのためならば」から、愛するカムパネルラを指す「おまへのさいはひのため」が削除されて、「みんなの幸」だけに限られたのです。
また、「初期形一」から「初期形三」までのテクストには、次のような一節がありました。
「あゝマジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために、カムパネルラのためにみんなのためにほんたうのほんたうの幸福をさがすぞ。」ジョバンニは唇を噛んでそのマジェランの星雲をのぞんで立ちました。
しかしその「最終形態」では、上記の一節はそっくり削除されてしまうのです。
すなわち、「僕のために」と「カムパネルラのために」と「みんなのために」が並列されている状態では、まだ目的のうちに個人的な感情が残されているので、作者としては不十分だと考えたのでしょう。
これはいかにも賢治的な、非常に厳しい自己抑制だと思いますが、こういう意味では先日放送されたテレビドラマ『銀河の一票』の最終回で、松下洸平さん演じる日山流星候補が、下のように「世界」と「あなた」と「私」の幸福を並列したのは、上で削除された「マジェランの誓い」と同様に、賢治の理想からすると少し不徹底だったと言えるかもしれません。
「きれいな話をしましょう。綺麗事だと揶揄されることを恐れずに、諦めず探しましょう。銀河が、一つ一つの星が、輝き続けられる道を。世界と、あなたと、私の幸福のために。」
(『銀河の一票』:日山流星候補の最終演説より)
しかしまあ、選挙の候補者というのは、宮沢賢治のように純粋な倫理を追求しているわけではなく、「ふつうの人々」に向けて語りかけるわけですから、賢治の言葉の解釈としては、これが妥当な線なのかもしれません。
※
さて、上記のように『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、一人の科学者が個人的な思いを超越して、普遍的・全人的な目標のために奮闘する物語なわけですが、これは賢治の童話の中では「グスコーブドリの伝記」に、とてもよく似ていると思います。
どちらのお話も、ジャンルとしては「SF」に属し、主人公は科学の力を最大限活用して、家族や身内のためではなく、「みんな」を助けるために行動します。
彼は、たとえその困難なミッションに成功したとしても、もう「みんな」のもとへは帰れないことが、わかっています。しかし、彼は前向きに淡々と、タスクをこなしていくのです。
プロジェクトを可能にしているのは、どちらもその時点で最先端の科学技術です。物語の根底にあるのは、科学に対する信頼と言えます。
二つの物語を並べて表にしてみると、下のような感じです。
| プロジェクト・ヘイル・メアリー | グスコーブドリの伝記 | |
|---|---|---|
| 主人公のミッション | くじら座タウ星系に行き、アストロファージの制御方法を見出す | カルボナード島に行き、火山の人工噴火を起こす |
| プロジェクトの基盤 | 最先端の科学技術 | 最先端の科学技術 |
| ミッション達成後の主人公の運命 | 地球には戻れない | 火山島から戻れない |
| 誰のための自己犠牲か | 地球のみんな (特に中学校の教え子たち) |
イーハトーブのみんな (たくさんのブドリのお父さんとお母さんと、たくさんのブドリやネリ) |
| 「禍を転じて福と為す」構造 | 太陽を滅ぼす生物が、恒星間航行の可能な宇宙船のエネルギーともなった | 火山災害を避けるために開発された技術が、冷害を食い止めるためにも利用可能となった |
最後の行の「禍を転じて福と為す」というのは、どちらのお話においても、当初は災厄だったものが、途中からは問題解決のための重要な技術としても生かされることになる、言わば禍福が表裏一体となった物語構造のことです。
これは『プロジェクト・ヘイル・メアリー』では、太陽の表面に蔓延し、そのエネルギーを吸収してしまう「アストロファージ」という地球外の単細胞生物が、人類にとって初めての恒星間航行可能な宇宙船のエネルギー源にもなるという、両義的な結果をもたらしたことです。
アストロファージは、太陽表面の6,000℃という高温やあらゆる放射線にも耐えうる構造を持ち、人類の科学技術ではどうにも歯が立ちませんでしたが、その内部に E=mc2 の公式に則ってコンパクトに蓄えた莫大なエネルギーにより、光速の0.92倍という超高速で移動できるという、人類には謎の能力を持っていたのです。
これを大量に培養して宇宙船に装備することで、地球から12光年の距離でなぜか唯一アストロファージに感染せずに残っている「くじら座タウ星」まで航行し、アストロファージ感染を免れている原因を調査するという計画(すなわち「プロジェクト・ヘイル・メアリー」)が、初めて可能になったのです。
一方「グスコーブドリの伝記」では、イーハトーブ地方に70以上もあるという活火山が、これまで人々に様々な災害をもたらしてきたと思われますが、ブドリが火山局に着任した2年後、噴火が切迫したサンムトリ火山を海側山麓で人工噴火させることで、人的被害を防ぐという対策に成功しました。これを契機に、200か所も建設された潮汐発電所の電力によって、肥料の人工撒布も可能になりました。
そして、深刻な冷害の到来が明らかになった年、それまで蓄積した人工噴火の技術と豊富な電力を用いて、火山局はカルボナード火山島を爆発させ、放出された炭酸ガスによって気候を温暖化させて、冷害を未然に防ごうと試みました。
それまで人々に災厄をもたらしてきた火山が、ここでは恩恵を与えてくれる源となり、飢餓や一家離散に苦しむ人はなくなって、ここに「プロジェクト・グスコー・ブドリ」は達成されたのです。

棟方志功「イーハトーブ火山局ノ図」(『新校本全集』第十二巻校異篇p.117より)
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