1922年~1923年頃に書かれたと推測される童話「よだかの星」において、醜いよだかは、美しいかわせみやはちすずめの「兄」として、位置づけられています。
ところが夜だかは、ほんたうは鷹の兄弟でも親類でもありませんでした。かへって、よだかは、あの美しいかはせみや、鳥の中の宝石のやうな蜂すゞめの兄さんでした。
そしてよだかは、名前を変えないとつかみ殺すと鷹に脅されて、「遠くの遠くの空の向ふに行ってしまはう」と決心した時、弟のかわせみのところに別れの挨拶に行きます。
よだかはまっすぐに、弟の川せみの所へ飛んで行きました。きれいな川せみも、丁度起きて遠くの山火事を見ていた所でした。そしてよだかの降りて来たのを見て云ひました。
「兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。」
「いゝや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前一寸お前に遭ひに来たよ。」
「兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀もあんな遠くにゐるんですし、僕ひとりぼっちになってしまふぢゃありませんか。」
「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云はないで呉れ。そしてお前もね、どうしてもとらなければならない時のほかはいたづらにお魚を取ったりしないやうにして呉れ。ね、さよなら。」
「兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」
「いや、いつまで居てもおんなじだ。はちすゞめへ、あとでよろしく云ってやって呉れ。さよなら。もうあはないよ。さよなら。」
よたかは泣きながら自分のお家へ帰って参りました。みぢかい夏の夜はもうあけかかってゐました。
他の鳥たち皆から嫌われているというよだかでも、弟のかわせみにとってはかけがえのない兄で、その別れの場面は涙を誘います。
この兄弟関係は、「春と修羅 第二集」所収の「〔北上川は熒気をながしィ〕」でも、ユーモラスに語られます。
(北上川は熒気をながしィ
山はまひるの思睡を翳す)
南の松の林から
なにかかすかな黄いろのけむり
(こっちのみちがいゝぢゃあないの)
(おかしな鳥があすこに居る!)
(どれだい)
稲草が魔法使ひの眼鏡で見たといふふうで
天があかるい孔雀石板で張られてゐるこのひなか
川を見おろす高圧線に
まこと思案のその鳥です
(ははあ、あいつはかはせみだ
翡翠さ めだまの赤い
あゝミチア、今日もずゐぶん暑いねえ)
〔中略〕
まだ魚狗はじっとして
川の青さをにらんでゐます
(……ではこんなのはどうだらう
あたいの兄貴はやくざもの と)
(それなによ)
(まあ待って
あたいの兄貴はやくざものと
あしが弱くてあるきもできずと
口をひらいて飛ぶのが手柄
名前を夜鷹と申します)
(おもしろいわ それなによ)
(まあ待って
それにおととも卑怯もの
花をまはってミーミー鳴いて
蜜を吸ふのが……えゝと、蜜を吸ふのが……)
(得意です?)
(いや)
(何より自慢?)
(いや、えゝと
蜜を吸ふのが日永の仕事
蜂の雀と申します)
(おもしろいわ それ何よ?)
(あたいといふのが誰だとおもふ?)
(わからないわ)
(あすこにとまってゐらっしゃる
目のりんとしたお嬢さん)
(かはせみ?)
(まあそのへん)
(よだかがあれの兄貴なの?)
(さうだとさ)
(蜂雀かが弟なの)
(さうだとさ
第一それは女学校だかどこだかの
おまへの本にあったんだぜ)
(知らないわ)
〔後略〕
こちらでは、かわせみの一人称は「あたい」で、「お嬢さん」と呼ばれていますから、よだかの「妹」という位置づけでしょう。蜂雀は、やはり「弟」です。
この詩の設定が面白いのは、作品中の登場人物が、この「よだか」「かわせみ」「はちすずめ」と全く同型の、「兄」「妹」「弟」になっているところです。
冒頭から「北上川は熒気をながしィ……」などと詩吟まがいの節を唸り、途中でいろいろ講釈を垂れているのが「兄」で、その兄に対して「それなによ」などと鋭く突っ込みを入れるのが、「妹」です。
冒頭の5行目で「こっちのみちがいゝぢゃあないの」と言っているのは「妹」のようですが、その次行の「おかしな鳥があすこに居る!」という言葉は、前行に続けて妹が言ったとは思えず、さらに次の行の「どれだい」は「兄」の言葉ですから、「兄」でも「妹」でもない、第三の人物がいることになります。
第三の人物は、作品途中では言葉を発していないようですが、終わり近くに、また登場します。
(どこかですももを灼いてるわ)
(あすこの松の林のなかで
木炭かなんかを焼いてるよ)
(木炭窯ぢゃない瓦窯だよ)
(瓦窯くとこ見てもいゝ?)
(いゝだらう)
上記で、「どこかですももを灼いてるわ」は「妹」でしょうが、次行の「あすこの松の林のなかで/木炭かなんかを焼いてるよ」は、前行に続いてやはり「妹」が言ったと考えるのは困難です。「どこかですももを灼いてるわ」は、その場所がわからずに言っているのに対し、次の「あすこの松の林のなかで……」は、一転して場所をはっきり目視した上での言葉だからです。しかしこれを「兄」の言葉と解釈してしまうと、次行の「木炭窯ぢゃない瓦窯だよ」も男言葉なので、辻褄が合わなくなります。
そこでこの部分は、「あすこの松の林のなかで/木炭かなんかを焼いてるよ」は「弟」の発言、「木炭窯ぢゃない瓦窯だよ」は「兄」、「瓦窯くとこ見てもいゝ?」は「弟」、「いゝだらう」が「兄」、と解すべきでしょう。
つまり、この作品の登場人物は、「兄」「妹」「弟」の3人と考えられますが、これが「兄」の剽軽に語るところの、「よだか」「かわせみ」「はちすずめ」の三兄弟の構成と、ちょうど重なり合うのです。
そしてもちろんこれは、「賢治」「トシ」「清六」という、現実の作者の家族構成とも、一致しています。
童話「よだかの星」のよだかが、賢治の自己像を投影した存在であるということは、昔から繰り返し指摘されてきたことですが、上記によってあらためて、「よだか=賢治」という図式の成立が、具体的に確認されます。そして私たちは、賢治が「よだかの星」において、よだかの醜さや修羅性などに込めた「自己嫌悪」の激しさと絶望の深さを、今一度思い知ることになります。
この童話は、詩「春と修羅」と、同じ情念に彩られているとも言えるでしょう。
※
ところで、「よだか」「かわせみ」「はちすずめ」が「兄弟」であるという説は、残念ながら現在の生物学では、認められなくなっています。
すなわち、現在の分類ではこの三種の鳥は、次のように位置づけられています。
- ヨタカ: 鳥綱─ヨタカ目─ヨタカ科
- カワセミ:鳥綱─ブッポウソウ目─カワセミ科
- ハチドリ:鳥綱─アマツバメ目─ハチドリ科
すなわち、現在はこの三種は、分類上の大きな単位である「目」からして、それぞれ別のカテゴリーになってしまっているのです。
しかし賢治の時代には、この三種は同じ「ブッポウソウ目」として、一つのグループに分類されていたこともあったのです。
国松俊英氏は、1920年の『東京帝室博物館天産部・列品案内目録』に、カワセミ、ヨタカ、ハチドリが同じ「仏法僧目」に分類され掲載されていることを見出しました(「自然の音楽に耳を澄ませた鳥の詩人」:『科学朝日』1996年2月)。
また、『賢治鳥類学』において赤田秀子氏は、1918年に刊行された『動物学提要』(大日本図書)に、「かはせみ」「よたか」「蜂鳥」の三種が、「仏法僧族」として一括して掲載されていることを、指摘しておられます(『賢治鳥類学』pp.212-213)。
下の画像は、国会図書館デジタルコレクションの『動物学提要』から、当該ページの抜粋です(赤枠は引用者)。

この『動物学提要』は、索引を除いて950ページもある大部な専門書で、「女学校だかどこだかのおまへの本」と言えるような書籍ではありませんが、盛岡高等農林学校の図書室には所蔵されており、賢治が閲覧することは可能でした。
一方、鈴木健司さんは、1930年刊行の『中等教育 動物学教科書』訂正十版(東京開成館)に、「よだか」「かはせみ」「はちすずめ」の三種の鳥が、「鳴禽類」の分類のもと、連続して記載されていることを見出されました(「《よだか・かはせみ・はちすずめ》の兄弟関係に関する迷妄的一考察」:『賢治研究』71, 1996)。
「〔北上川は熒気をながしィ〕」では、「女学校だかどこだかのおまへの本」に、この三種の鳥の兄弟説が載っていたと「兄」が言っていることから、高度な専門書ではなくて中等教育程度の教科書に、このような事柄が掲載されていたとなると、詩の内容が俄然真実味を帯びてきます。
しかし、鈴木さんのさらなる調査によると、大正時代発行の『中等教育 動物学教科書』訂正四版(1916)や訂正六版(1923)には、「かはせみ」は記載されているものの、「よたか」「はちすずめ」の記載はなく、「よだかの星」や「〔北上川は熒気をながしィ〕」の執筆時点では、当該教科書によって賢治が「三兄弟説」を見ることはできなかっただろうということです。
※
そこで今回は、現代の利器「国会図書館デジタルコレクション」を使って、1923年(大正12年)以前に刊行された、中等教育程度の教科書や参考書で、「よたか」「かわせみ」「はちすずめ(またははちどり)」が同族であると書かれている書籍があるか、調べてみました。
結果としては、以下のような中等教育程度の教科書に、これら三種が同族の鳥として記載されていました。
まず下の画像は、1915年刊行の『中学動物教科書』4版(東京宝文館)の、pp.45-45です(赤枠は引用者)。「鳴禽類」の分類のもとに、「よたか」「かはせみ」「はちどり」が、近接して取り上げられています。

また下の画像は、1914年刊行の『輓近動物学教科書』(開成館)の、pp.55-56です(赤枠は引用者)。この教科書の序文には、「本書ハ文部省ノ定メタル教授要目ニ準據シテ編纂セル動物學ノ教科書ニシテ……」とあり、文部省の「教授要目」とは、中学校、高等女学校、師範学校について定められているので、概ね中等教育程度と考えることができます。

下の画像は、1912年刊行の『師範學校動物教科書』(寶文館)です(赤枠は引用者)。やはり「鳴禽類」の分類のもと、「よたか」「かはせみ」「はちどり」が、近接して取り上げられています。トシが師範学校の教科書を持っていたとは考えにくいですが、師範学校における履修範囲は、中等教育~高等教育にまたがるので、これも一応ここに載せておきます。

さらに、下の画像は1909年刊行の『動物教科書』(宝文館)の、pp.48-51です(赤枠は引用者)。やはり「鳴禽類」として、「よたか」「かはせみ」「はちどり」が掲載されています。

最後に下の表は、「中等教育研究会」が編纂した、1917年刊行の『動物学』(光世館書店)に掲載されています(赤枠は引用者)。「中等教育研究会」が出しているので、名前のとおり「中等教育」程度と考えられますが、ここでも「鳴禽類」として、「ヨタカ」「カハセミ」「蜂鳥」が挙げられています。

以上のように、大正時代の中等教育程度の教科書においては、「ブッポウソウ目」よりも古い分類概念である「鳴禽類」という名称で、分類・記載されているものが大半のようですが、それでもやはり「よたか」「かわせみ」「はちすずめ(またははちどり)」の三種が、同族の鳥として記載されている書籍が、いくつもあったことがわかりました。
実際に賢治が、妹トシの所蔵する「女学校だかどこだかの」書籍を見て、このような知識を得たのかどうかはわかりませんが、その可能性も、全く否定し去ることはできないように思われた次第です。
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