最近ちょっと「宮沢賢治の想像力」について考えてみているのですが、とにかく賢治という人は、いろいろな意味で想像力が豊かだったことは間違いありません。
その賢治のいろいろな想像力のなかでも、私にとってとりわけ印象的なのは、ある状態から遠く離れた別の状態へと、一気に爆発的な跳躍をしてしまうような、物語の展開です。
このような「爆発的に跳躍する想像力」のことを、ここでは「ワープ的想像力」と名づけてみます。「ワープ」とは、SF物語などで仮想されている、光よりも速いスピードで遠く離れた場所に一気に移動する航法のことで、空間の歪みとか負の質量などを用いる等の仮説に基づいています。
宮沢賢治の物語には、時にこういう桁はずれの飛躍が現れて、驚くべき効果を発揮します。
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たとえば、「銀河鉄道の夜」の一節です。
ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
町の灯は、暗の中をまるで海の底のお宮のけしきのやうにともり、子供らの歌ふ声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞えて来るのでした。風が遠くで鳴り、丘の草もしづかにそよぎ、ジョバンニの汗でぬれたシャツもつめたく冷されました。ジョバンニは町のはづれから遠く黒くひろがった野原をみわたしました。
そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果を剥いたり、わらったり、いろいろな風にしてゐると考へますと、ジョバンニは、もう何とも云へずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。
あゝあの白いそらの帯がみんな星だといふぞ。
ところがいくら見てゐても、そのそらはひるま先生の云ったやうな、がらんとした冷いところだとは思はれませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のやうに考へられて仕方なかったのです。そしてジョバンニは青い琴の星が、三つにも四つにもなって、ちらちら瞬き、脚が何べんも出たり引っ込んだりして、たうたう蕈のやうに長く延びるのを見ました。またすぐ眼の下のまちまでがやっぱりぼんやりしたたくさんの星の集りか一つの大きなけむりかのやうに見えるやうに思ひました。六、銀河ステーション
そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のやうに、ぺかぺか消えたりともったりしてゐるのを見ました。それはだんだんはっきりして、たうたうりんとうごかないやうになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました。いま新らしく灼いたばかりの青い鋼の板のやうな、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。
するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云ふ声がしたと思ふといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火をいっぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかへして、ばら撒いたといふ風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは思はず何べんも眼を擦ってしまひました。
あまりに素敵な箇所なので、思わず長々と引用してしまいましたが、町はずれの丘の上にいるジョバンニの眼には、見下ろす町の灯が、まずは「海の底のお宮のけしき」のように映り、次に汽車がやって来て「小さな列車の窓は一列小さく赤く見え」、それから眼を上げると夜空が「小さな林や牧場やらある野原のやうに」思え、もう一度下を見ると「すぐ眼の下のまちまでがやっぱりぼんやりしたたくさんの星の集り」に見えて……、という景色のオーバーラップを経た上で、ついにジョバンニは銀河の彼方のはくちょう座にある「銀河ステーション」に、来ているのです。
その時の光の眩しさは、「億万の蛍烏賊の火をいっぺんに化石させて、そら中に沈めた」とか、「(ダイアモンド会社で)かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかへして、ばら撒いた」などという、賢治独特の斬新な比喩によって、表現されています。劇場版の映画「銀河鉄道999」でも、鉄郎とメーテルが999 の駅に移動する瞬間には画面が白く光りましたが、この場面の賢治の独創的な比喩には、さすがに及ばないように思います。
はくちょう座のデネブは、全天の一等星のうちで最も遠く、地球から1400光年ほどの彼方にありますが、イメージとしてはこれだけの距離を、ジョバンニは一気に「ワープ」したという感じです。
これを創り出した賢治の「ワープ的想像力」は、上記のような天文学的距離を一気に跳躍するわけですから、「天文学的想像力」とも言いたくなります。
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一方、童話「楢ノ木大学士の野宿」は一種の時間旅行で、主人公の大学士が野宿をするたびに、周囲の自然が遙か遠くの時間における姿を呈します。
野宿第一夜の夢で大学士は、周りを囲む4つの山々が「岩頸」として地上に現れた時代に行き、それぞれ山の言葉を聞きますが、その年代は「葛丸カルデラ」の生成時期から考えると、今から数百万年前ほどになるのではないかと推測されます。
野宿第二夜の大学士は、地下でひしめき合う様々な岩石の声を聞きますが、1500万年前のことを話題にする岩がいる一方、話を聞いているうちに各岩石はどんどん風化して、死んでいってしまいます。ここでは大学士は、過去ではなく未来に旅しているようで、作中の「たかゞ二千年も経って見れば粘土か砂のつぶになる」とか「も一つの質問はあなたの命でしたかね。さやう、まあ長くても一万年は持ちません」という言葉からすると、大学士は現在よりも数千年ほど未来まで行っているようです。
野宿第三夜の大学士は、イギリス海岸を思わせるような「頁岩の波に洗はれる海岸を大股に歩いて」洞の中でまどろみ、「直径が一米ばかりある五本指の足あと」を見つけたので跡をつけていったところ、「長さ十間、ざらざらの鼠いろの皮の雷竜」に出くわし、まさに食べられそうになるところで目を覚まします。雷竜がいたということですから、これは今から1億5000年前の中生代への「ワープ」ということになります。
こちらの作品に見られる「ワープ的想像力」は、このような地質学的時間を一気に跳躍するわけですから、「地質学的想像力」と呼ぶこともできるでしょう。
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これらの「天文学的」「地質学的」と形容できる空間や時間のワープは、莫大な「物理的な隔たり」を跳躍するものですが、これとはまた違って、人間の運命や生き方における遙かな隔たりの先に、一気に飛躍してしまうようなお話もあります。
次は、「氷と後光(習作)」の一節です。
「あら、この子の頭のとこで氷が後光のやうになってますわ。」若いお母さんはそっと云ひました。若いお父さんはちょっとそっちを見て、それから少し泣くやうにわらひました。
「この子供が大きくなってね、それからまっすぐに立ちあがってあらゆる生物のために、無上菩提を求めるなら、そのときは本当にその光がこの子に来るのだよ。それは私たちには何だかちょっとかなしいやうにも思はれるけれども、もちろんさう祈らなければならないのだ。」
若いお母さんはだまって下を向いてゐました。
ここでは、小さな赤ん坊の頭の後ろの車窓のガラスに付いた氷の模様が、尊い「後光」あるいは「光背」のように見えたことがきっかけで、この子の若い父親は、彼が成長して「菩薩」として歩んでいく姿を、一瞬のうちに想像し、そのために泣きそうにさえなってしまうのです。そして妻に向かって、「それは私たちには何だかちょっとかなしいやうにも思はれるけれども、もちろんさう祈らなければならないのだ」と言うのです。
ここには、常人にはとてもついていけないような、発想の極端な飛躍があります。仏典に登場する如来や菩薩ならば、こういった何気ない現世の些事の背後に、深い真実を透視することもあるのでしょうが、この若い父親の途方もない考えは、いったいどう捉えたらよいのでしょうか。
これには妻も、咄嗟に何と答えてよいかわからなかったようですが、しかしこういうのも賢治らしい「ワープ的想像力」の、一例と言ってよいのではないでしょうか。
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「天文学的」という形容詞は、地球の大きさを遙かに超える空間的隔たりを表す言葉であり、「地質学的」という形容詞は、人間の歴史を遙かに超える時間的隔たりを表す言葉です。「銀河鉄道の夜」および「楢ノ木大学士の野宿」において、賢治の想像力は、それぞれ「天文学的空間を跳躍するワープ」と「地質学的時間を跳躍するワープ」を達成しているわけですが、私が賢治の「ワープ的想像力」の最たる例と感じるのは、「地質学的時間」をも遙かに超えて、「天文学的時間」とでも言うしかない、想像力の壮大な跳躍です。
1915年8月29日、19歳になったばかりの賢治は、盛岡高等農林学校1年の同級生高橋秀松にあてた書簡10に、次のように記しています。
今朝から十二里歩きました 鉄道工事で新らしい岩石が沢山出てゐます 私が一つの岩片をカチツと割りますと初めこの連中が瓦斯だつた時分に見た空間が紺碧に変つて光つてゐる事に愕いて叫ぶこともできずきらきらと輝いてゐる黒雲母を見ます 今夜はもう秋です スコウピオも北斗七星も願はしい静な脈を打つてゐます
「この連中」=岩片が、「瓦斯だつた時分」とはいったいいつのことなのかと考えると、地球が誕生してから後には、岩石がマグマとして液体状になっていた時期はあっても、ガスになった時はありません。そのような状態は、地球が誕生する前に、太陽系がガス状の「原始惑星系円盤」だった時期にまで溯る必要があるのです。
宇宙空間に散らばる分子が、徐々に集合して「分子雲」になり、重力によってその中心部に物質が凝集して核融合が始まり、太陽が誕生します。その周囲にガス状のまま残る分子雲に、だんだん濃淡ができていき、さらに物質の凝集が進んで「微惑星」になり、微惑星が衝突と結合を繰り返して、地球のような岩石型惑星ができていきます。
「この連中が瓦斯だつた時分」というのは、地球誕生に先立って、後に地球となる分子がまだガス状に漂っていた、今から45~46億年も昔のことなのです。

このように、太陽の周囲の円盤状のガスから各惑星が生まれたという説は、「星雲説」と呼ばれますが、これは18世紀にカントおよびラプラスが提唱したもので、賢治の時代の天文学では、既に広く知られたことでした。たとえば、『盛岡高等農林学校図書館和漢諸目録』に蔵書として収録されている、1905年刊行の『天文講話』という書籍には、右図「太陽系の成生」とともに、「かんと及ビらぷらーすナル兩碩學ノ考説ニヨレバ、太陽系ハ元ト回轉シツヽアツタ一大瓦斯ノ球デアツテ、遊星ハ此ノ瓦斯球ヨリ分離シタル瓦斯カラ出來タモノデアル」との記述がありますから、賢治が「地球はガスからできた」と知っていたのは、当然のことと言えます。
それにしても、賢治は花崗岩か何かの岩石をハンマーで割って、そこに顔を出した黒雲母がキラキラ輝くのを見て、「自分が岩を割ってこいつを外界に曝してやったのは、地球誕生前にこれらの分子がまだガスだった時以来のことだ」と、一瞬にして思いを巡らし、さらに「前回の空は宇宙の暗黒だったのに、今回の空が紺碧になっていることに驚いているだろう」と考えたというのは、まさに宇宙的規模で、45億年を超えて働く想像力だと、感嘆せずにはいられません。
これこそが、賢治の「ワープ的想像力」の、最たる例だと思います。
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