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ゴリー著『私たちの眼がもう見えなくなる時』

 先月刊行された『宮澤賢治イーハトヴ学事典』の、「翻訳と評価[英語圏における]」の項において、リース・モートン氏は次のように書いています。

 2008年にハーバード大学出版社から出たグレゴリー・ゴリー著の『When Our Eyes No Longer See: Realism, Science, and Ecology in Japanese Literary Modernism』が賢治研究として非常に詳しいものである。その研究書のほぼ半分が賢治の散文の分析である。ゴリーは、科学とエコロジーの観点から賢治の童話を考察している。今迄の英語圏の賢治文学に関する文献の中でゴリーの研究がもっとも深いかもしれない。「銀河鉄道の夜」をとりあげて、ゴリーは、賢治がアインシュタインから学んだ理論をどのように文学にあてはめたかを検討している。仏教も忘れず、賢治がダーウィンの理論をどう理解していたかを追求し、それを「狼森と笊森、盗森」にあてて、新しい解釈を試みている。ゴリーは、この短編における進化論と法華経の影響をていねいに調べて分析している。最後に、ゴリーは、「なめとこ山の熊」を読み直して、人間の業(カルマ)の倫理観を解明しようとした作品であると解釈した。このような新研究の増える可能性は大いにあると信じる。

 「今迄の英語圏の賢治文学に関する文献の中でもっとも深い」とは・・・。こうまで言われると、何となく読んでみたくなってしまいますよね。自分に読めるかどうかは置いといて。

 ということで私は身のほども知らず Amazon で年末に注文して、お正月に少し読んでみました。

When Our Eyes No Longer See: Realism, Science, and Ecology in Japanese Literary Modernism (Harvard East Asian Monographs) When Our Eyes No Longer See: Realism, Science, and Ecology in Japanese Literary Modernism (Harvard East Asian Monographs)
Gregory Golley

Harvard University Asia Center 2008-03-01
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 届いたのは、ハードカバーで400ページもある立派な本でした。表紙のデザインもしゃれていて、ダリの絵を連想させるようでもありますが、これはアインシュタイン的な時空を象徴しようとしているのでしょう。
 著者のグレゴリー・ゴリー氏は(まるで「なだ・いなだ」みたいな名前ですが)、日本近代文学史の専門家で、UCLA で博士号取得の後、日本文部省の特別研究員として東京大学の小森陽一教授のもとで研究をしたという人です。
 とりあえず、本のカバー折り返しに記されている紹介文には、次のように書かれています。

 20世紀初頭の日本における産業的および科学的発展は、「客観的観察」なるものの意味を変容させた。それに伴い近代の作家や詩人は、人間同士を結びつけ、また人間と人間以外の存在や広大な物質宇宙を結びつけるネットワークが興隆しつつあるのを感じ、それを掴もうと努力した。このような芸術家にとって、文学におけるモダニズムは、「表現の危機」である前に「知覚の危機」であった。本書『私たちの眼がもう見えなくなる時』は、この「知覚の危機」の歴史における類い希な瞬間と、1920年代から1930年代にわたるその経過を描くものである。
 科学において「実証主義」の思想が「リアリズム」に置き換えられたことによって、観察者の身体という限界が超越されたが、このことは上記の時期の日本の実験的および大衆的作家に対して、無限のインスピレーションを与えた。グレゴリー・ゴリーは、この時代に観念的にあるいはエコロジー的に科学的リアリズムを具現化した日本の作家たちに、批評の目を向ける:すなわち、谷崎潤一郎「痴人の愛」における写真的強迫性について。横光利一「上海」における帝国主義経済の分断された描写について。そして、宮澤賢治の童話における天体物理学現象や人間と野生動物の関わりの、繊細な描写について。
 この研究書は、上述のリアリズム的な転回がもたらす政治的および倫理的影響にも触れつつ、目には見えないものをも表現と信念の対象として取り戻そうとした、科学と芸術の奮闘に焦点を当てている。

 一読して、難しいですね。もちろん、訳文も我ながら呆れるほど生硬で申しわけないのですが、そもそもこの本の内容全体にわたり、かなり哲学(存在論・認識論)的な議論も多くて、原文からして難しいのです(言い訳…)。

 それはさておき、この本の各章の冒頭には、その章の内容を象徴するような興味深い「エピグラフ」が掲げられているのですが、ここでまず本書全体の章立てと、そのエピグラフを並べてみます。

プロローグ
「感性的であることは、感性の対象であることであり、感性的対象であること、したがって自らの外に感性的対象、自らの感性の対象を持つことである。感性的であるということは、受苦的であるということである。」(カール・マルクス「経済学・哲学草稿」)

序論:この世界の事物
「吾人のいわゆる世界の事物は、われわれと同様な人間の見た事物であって、それがその事物の全体であるかどうか少しもわからぬ。」(寺田寅彦「物理学と感覚」)
「事物の背後には、何かがあるに違いない、深く隠されたものが。」(アルベルト・アインシュタイン「自伝ノート」)

第一部 芸術、帝国
1. 官能的科学: 谷崎潤一郎の小説におけるリアリズムと美学
「事実をそのまま材料にしたものや、そうでなくても写実的なものは、書く気にもならないし読む気にもならない。」(谷崎潤一郎「饒舌録」)

2. 暗い生態学: 横光利一の宇宙
「文学とは、物質の運動を個性が文字を通して表現したものである。」(横光利一「唯物論的文学論について」)

第二部 大地、星
3. 近くのものと遠くのもの: 宮澤賢治の物語における地理と倫理
「天の空間は私の感覚のすぐ隣に居るらしい。」(宮澤賢治「インドラの網」)
「それゆえ、社会は、人間と自然との完成された本質統一であり、自然の真の復活であり、人間の貫徹された自然主義であり、また自然の貫徹された人間主義である。」(カール・マルクス「経済学・哲学草稿」)

4. 野生のものと耕作されたもの: 賢治、ダーウィン、自然の権利
「そしてそれが人間の石炭紀であったと
 どこかの透明な地質学者が記録するであろう」(宮澤賢治「政治家」)
「ある動物が別の動物よりも高等だなどと言うのは、ばかげている。」(チャールズ・ダーウィン「突然変異に関するノート」)

5. 痛みの同胞: 美、客観性、熊の生命
「痛みや、病気や、死や、苦しみや、飢餓に悩まされることにおいて、我々も動物たちも、いわば同胞である。我々は彼らを重労働に使役し、また娯楽の友ともしているが、想像をたくましくするならば、彼らと我々の祖先は同じである。彼らと我々は皆、ともに網のように織りなされている。」(チャールズ・ダーウィン「突然変異に関するノート」)
「直接に自然を観察したる結果として、自然は美でも醜でもない。」(丘浅次郎「所謂自然の美と自然の愛」)
「奇妙なことに、愛は理想化に対する最大の担保である。」(ジョン・バージャー「ポケットの形」)

エピローグ

◇          ◇

 さて、まず何よりも驚かされるのは、巻頭にあたる「プロローグ」の最初に、マルクスの「経済学・哲学草稿」から引用された一節が記されていることです。これまでに、このような視点から賢治の文学が読まれたことがあったでしょうか。
 また、横光利一は比較的早くから賢治を評価して、没後まもなく全集刊行に協力したりもしていましたから、まあ賢治と文学的にも通ずる面があるのかもしれませんが、ここに谷崎潤一郎も加えて、日本文学史における一潮流として論じるというのは、個人的に初めて目にしたアプローチです。それが成功しているのかどうかという判断は私の能力を越えていますが、新鮮な視点であることは確かでしょう。
 まだとても通読はできていないのですが、とりあえずここでは、私が拾い読みできた範囲で、本書の大ざっぱな内容をメモしておきます。

 まず「プロローグ」においては、著者の言う意味での「リアリズム」の定義がなされます。ゴリー氏は、「人間の身体の限界を越えて広がる世界を認識するような知覚様式のことを、『リアリズム』と呼ぶ」と規定します。これは、同じ「リアリズム」と言っても文学で「写実主義」と訳される方法論とは対極的なスタンスであり、著者もそれは意識した上での用語法のようです。「文学上のスタイル」ではなくて、一つの「世界観」のことを、こう呼ぶというのです。
 それは、「直接感じとれない世界の存在を信じ、その世界と人間の繋がりを描くことの可能性を信じること」だと著者は言います。こう来ると、「異空間の実在」を信じていた賢治のことも、ちょっと連想しますね。そして著者は、この信念、あるいは信念へ向けた希望が、日本の産業化時代の最も野心的な作家たちを、美学的モダニズムの旗の下に結びつけたのだと述べます。もっとも生前の賢治は、何かの「旗の下に」結びつけられていたことはなかったと思いますが、これは目には見えない潜在的な結びつきのことなのでしょう。
 ゴリー氏は、社会や科学の大変動を受けた大正後期から昭和初期を、日本文学においてそれまでの「私小説」から「外へ向けた転回」が行われた、重要な時期であるとして、この時期の作家がイデオロギーの違いはありながらも、外的宇宙を精密に、客観的に描写しようとした点を重視しています。

 しかし、人間の感覚を越えた存在を信じ描くことを、なぜ著者は「リアリズム」と呼ぶのか・・・。上述のように言葉としては逆の意味になってしまっているように思えます。しかし、著者がここで言う「リアリズム」とは、エルンスト・マッハらの実証主義や、ニーチェの道徳的相対主義に対置された世界観のことなのです。
 これらの不可知論・懐疑論・ニヒリズムに対抗して、著者は、エピグラフに記した「感性的であることは、感性の対象であることであり、感性的対象であること、したがって自らの外に感性的対象、自らの感性の対象を持つことである」というマルクスの言葉を、その立脚点とします。マルクスはこの言葉によって、この世界あるいは対象の実在を前提とし、人間自らもその中の一つの対象であるところの世界こそが、人間的経験の本質的な要因であると規定したのです。
 この立場が、著者の言う「リアリズム」なのです。上に引用した「直接感じとれない世界の存在を信じ・・・」というのも、例えば原子や分子とか彼方の天体など、自然科学的手法によって観察できるが直接人間の感覚ではとらえられないものも実在として扱うという意味であり、あるいは相対性理論が我々の日常の感覚を越えた現象の存在を教えてくれることなどを指しています。
 したがって著者の意味での「リアリズム」とは、文学や美術の「写実主義」とも違いますし、「現実主義」とも言えませんし、どう日本語に訳せばよいのかわからないので、とりあえずそのままカタカナ表記しておきます。上の意味では、「実在論」とか「間主観的存在を前提とした世界観」などと言い換えてみることもできるかもしれません。この本の中では、明治ー大正期の物理学者・桑木或雄が、マッハの実証主義の対語としての「リアリズム」を、明治後期に「実際論」と訳していたことも紹介されています。

 「プロローグ」はこのくらいにして、先に進みます。次の「序論: この世界の事物」の章では、まず夏目漱石の1911年(明治44年)の講演「現代日本の開化」が取り上げられます。漱石は、西洋から押し寄せる波によって産業や政治が激変する明治の終わりにあたり、日本の文化の将来について懐疑的・悲観的な見方を述べます。一方、ゴリー氏が本書で「モダニズム」、あるいは新たな「リアリズム」として評価した作家たちは、諦観に陥らずにこの危機を乗り越えようとした人々だったというわけです。

 谷崎潤一郎に関する第一章と、横光利一に関する第二章は、申しわけありませんが省略。

 第三章「近くのものと遠くのもの: 宮澤賢治の物語における地理と倫理」においては、「銀河鉄道の夜」が取り上げられ、作品における場所、空間、時間が、アインシュタインの相対性理論にもとづいた世界観や、ピカソらのキュビスムとの関連において論じられます。賢治の世界においては、遠いものが即座に近くなったり、その逆もあります。
 銀河は、直接見るにはあまりにも遠く、なおかつ全てを包みながら近くにあります。銀河を「見る」ためには想像力の跳躍を、認知の「転位」を必要としますが、この「転位」のためには、まず前提として自らの場所の「定位」が必要となります。冒頭の「午后の授業」における先生の教え(望遠鏡で見た銀河について説明したり、凸レンズのような形をした模型で銀河を外から見たり…)の背景には、このような意味があるのだと著者は言います。

 第四章「野生のものと耕作されたもの: 賢治、ダーウィン、自然の権利」においては、「狼森と笊森、盗森」が取り上げられます。人間と自然との出会いが描かれたこの作品において賢治は、巨大な網のような関係性を織り上げている人間以外の自然世界の権利を認めていますが、この点において著者はこれを「ダーウィン的」と評します。ダーウィンは、人間が自然の一部であり他の生物と対等であることを、純粋に自然科学的立場から明らかにした人でした。
 「エコロジー」という言葉は、ドイツの生物学者で「青森挽歌」にも名前が登場するエルンスト・ヘッケルが作ったものでしたが、賢治がヘッケルの著作を読んでいたことも、ここで指摘されます。
 賢治が「狼森と笊森、盗森」で描いた世界はユートピア的ではありますが、「自然への回帰」や「野生への脱出」を説くものではなく、人間と自然との間の物質的・精神的関係を、その複雑さを保ちながらいかにして「持続可能」なものとするかという問題を扱うものでした。人間が自然に対して抱えている「負債」を知ることは、両者の違いと繋がりを認識することであり、賢治の物語は、このパラドックスを我々に提示してくれるのです。

 第五章は、「痛みの同胞: 美、客観性、熊の生命」。ここでは、アルド・レオポルドという1920年代から活動していたアメリカの自然保護論者の思想を参照しつつ、賢治との共通性を考察します。「十分に長く生きた山だけが、狼の遠吠えを客観的に聴くことができる。」などのレオポルドの言葉は、「なめとこ山の熊」の世界に通じていきます。
 「なめとこ山の熊」の最後で、熊たちが小十郎のまわりにひれふしている場面は、もしも熊が人間の野生の生活を見ることがあれば、そのように見えたかもしれないものだろうと著者は考えます。そこにあるのは、レオポルドなら「客観性」と呼んだものであり、他の人ならば「愛」と呼ぶであろう感情です。

◇          ◇

 以上、まさに「拾い読み」にすぎませんが、著者の賢治論で目に付いたところを、つれづれに書き出してみました。
 著者は、何も小森陽一教授のもとで研鑽を積んだからというわけではなく、おそらくそれ以前から、マルクスの思想に親和性があったような感じです。それが、潜在的に本書全体の土台となっている印象を受けました。加えて、エコロジーの発想も重要な役割を果たしていますが、そのスタンスは、科学技術そのものを否定するような復古的エコロジストとは対照的に、科学の発展が人間の認識を広げ深めてくれることを、積極的に肯定しています。それは、「目には見えないもの」を、私たちに教えてくれるのです。
 マルクスと自然科学を基盤としていることにおいて、著者は唯物論者であると言えます。ただ、唯物論(materialism)という言葉が時に帯びている「物質主義」というニュアンスとは、反対の立場です。そして著者は、宮澤賢治に関しても、その「唯物論的側面」を論じるのです。
 あれほど宗教を篤く信仰した賢治を、「唯物論者」と言うとはまさに逆説的ですが、著者の称する「唯物論」とは上述のようにかなり拡張された意味を持っており、物質性と精神性を、何らかの形で統合しようとするものとも言えます。賢治自身も、方法論としての科学に対する信頼は終生変わらず持ち続けたことを思えば、このようなアプローチも成立しうると感じました。
 賢治が抱いていた「宗教と科学の統合」という目標を、単なる空想やおとぎ話として片付けてしまわずに今また真摯に考えてみるとすれば、本書のような視点は、その一つの方向としてありうるのかもしれません。