川村湊『温泉文学論』

 年末に出た、『温泉文学論』(川村湊著)という本を読みました。

温泉文学論 (新潮新書 243) 温泉文学論 (新潮新書 243)
川村 湊 (著)
新潮社 2007-12
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 「温泉文学」などというジャンルがあるのか、などと難しいことは考えずに頁を開いていくと、各章ごとに、「尾崎紅葉『金色夜叉』…熱海(静岡)」、「川端康成『雪国』…越後湯沢(新潟)」などと、作家とその作品の題材となった温泉が取り上げられています。そしてその中の「第四章」が、「宮澤賢治『銀河鉄道の夜』…花巻(岩手)」になっているのです。

 と言ってもこの章では、童話「銀河鉄道の夜」について述べられているのではなくて、章全体の叙述形式が、あの「午后の授業」の教室において、先生がジョバンニやカンパネルラなどの生徒たちに授業をしている語り口になっている、という趣向です。
 内容は、大正時代の花巻において、鉄道や温泉・遊園地が建設されるに至った状況を簡潔にまとめた後、この「花巻温泉」と宮澤賢治の因縁が紹介されます。賢治の作品としては、「〔こぶしの咲き〕」(「詩ノート」)、「〔歳は世紀に曾って見ぬ〕」(「文語詩未定稿」)、「悪意」(「春と修羅 第三集」)、「〔ちぢれてすがすがしい雲の朝〕」(「詩ノート」)などの作品を紹介・引用して、賢治が花巻温泉に対して抱いていた複雑な心理が解き明かされていきます。
 そして、最後では賢治の思想や行動に関しても、著者なりの総括と時代への位置づけがなされています。

 この著者の作品では、以前に『異郷の昭和文学―「満州」と近代日本―』(岩波新書)という本を、興味深く読んだことがありました。
 今回の本は、それよりもっと気楽に読めて、各章の末尾には、【本】とか【湯】とか【汽車】とか、その作品が掲載されている書籍や当該温泉の説明、温泉へのアクセスなどを紹介するコラムも付いています。著者はこの本を書くにあたって、「取りあげる温泉に必ず一度は行く」というルールを作って執筆したそうで、そういう臨場感も漂ってきます。
 本書のカバー見返しに書かれているコピーによれば、「本をたずさえ、汽車を乗り継ぎ、名湯に首までつかりながら、文豪たちの創作の源泉をさぐる異色の紀行評論」となります。

 それこそ、温泉旅行の鞄の中に入れておいて、汽車の中ででも読むのにちょうどいい感じの本ではないでしょうか。