一〇三四

     〔ちゞれてすがすがしい雲の朝〕

                  一九二七、四、八、

   

   ちゞれてすがすがしい雲の朝

   烏二羽

   谷によどむ氷河の風の雲にとぶ

   いま

   スノードンの峯のいたゞきが

   その二きれの巨きな雲の間からあらはれる

     下では権現堂山が

     北斎筆支那の絵図を

     パノラマにして展げてゐる

   北はぼんやり蛋白彩のまた寒天の雲

     遊園地の上の朝の電燈

   こゝらの野原はひどい酸性で

   灰いろの蘚苔類しか生えないのです

     権現堂山はこんどは酸っぱい

     修羅の地形を刻みだす

   萓野のなかにマント着て立つ三人の子

   聡明さと影と

   また擦過する鳥の影

   東根山のそのコロナ光り

   姫神から盛岡の背后にわたる花崗岩地が

   いま寒冷な北西風と

   湿ぽい南の風とで

   大混乱の最中である

   氷霧や雨や

   東にはあたらしい雲の白髪

     ……罪あるものは

       またのぞみあるものは

       その胸をひぢかけに投げてねむれ……

   はたらくべき子ら

   まなぶとて町にありしに

   その歯なみうつくしくかゞやきにけり

     毛布着て

     また赤き綿ネルのかつぎして

     八時始めの学校に行く子ら

   遊園地ちかくに立ちしに

   村のむすめらみな遊び女のすがたとかはりぬ

   そのあるものは

   なかばなれるポーズをなし

   あるものはほとんど完きかたちをなせり

     ひと炭をになひて

     大股に線路をよこぎりしに

     学校通ひの子らあまた走りしたがへり

   ひがしの雲いよいよ

    その白金属の処女性を増せり

     ……権現堂やまはいま

       須弥山全図を彩りしめす……

   けむりと防火線

     ……権現堂やまのうしろの雲

       かぎりない意慾の海をあらはす……

   浄居の諸天

   高らかにうたふ

      その白い朝の雲