帰途

 朝起きると、室蘭はやはり雨でした。昨夜、やきとりをちょっと食べすぎたので、朝食はクロワッサン1個と牛乳だけにして、東室蘭駅から8:13発の「スーパー北斗」に乗りました。

 列車は、室蘭からちょうど噴火湾の縁に沿って走ります。それにしても噴火湾というのは、きれいな円周の形をしていて、もちろん「湾」ですから360度閉じた円ではないのは当然ですが、室蘭から森までぐるっと走ると、角度にしたら240度くらいは反時計回りにまわる感じです。
 室蘭では雨の中を発車したのに、10分ほど走ると青い空と海になり、またしばらくすると一面の雲に覆われるなど、天候がくるくると変わるのは、近づきつつある台風のせいでしょうか。
 まるで、列車が噴火湾の円周に沿って走ると、天気の切り替えのダイヤルか何かが回るような仕組みになっていて、それで空模様が順に遷っているのではないかとか、変な錯覚にもとらわれたりしていました。ちなみに下の写真は、晴れ間がのぞいた時に、車窓から見えた噴火湾です。

噴火湾(車窓から)

 昨日も書いたように、賢治は1924年の修学旅行引率の時は室蘭港から海路をとったのですが、1923年の「オホーツク挽歌」の旅の時には、8月11日の明け方にこの沿岸を列車で走り、「噴火湾(ノクターン)」を記したわけです。

 列車は「森」駅でいったん海に別れを告げ、賢治がさらに10年前の1913年の盛岡中学修学旅行で訪れたという「大沼公園」を通っていきます。それにしても、賢治が宿泊した記録も残っていたという大沼の「五月館」という旅館が2年前に全焼したというのは、ほんとうに残念なことですね。

 その後、函館から「白鳥」で本州の方に渡って、青森からの経路は、昨日のちょうど逆をたどります。新花巻で列車を降りて花巻空港に向かい、夕方に伊丹空港へ向けて飛び立ちました。
 この夏の旅行はこれで終わりですが、じつはまた来月も、花巻には行くことになりそうです。

 というのは、夜になって自宅に戻ると、宮沢賢治学会イーハトーブセンターの大会実行委員会から手紙が来ていて、今年の「宮沢賢治研究発表会」において発表が許可されたとのことでした。先月に申し込んでいたのですが、その返事がちょうど来ていたのです。

 ただ今日はこれくらいにして、この件についてはまた日をあらためて記すことにします。