亡妹と銀河 詩群
1.対象作品
『春と修羅 第二集』
155 〔温かく含んだ南の風が〕 1924.7.5(下書稿(二)手入れ)
158 〔北上川は熒気をながしィ〕 1924.7.15(定稿)
179 〔北いっぱいの星ぞらに〕 1924.8.17(下書稿(六)手入れ)
2.賢治の状況
これらの諸作品は、「連作詩群」として他にあげたものほど緊密に連なっているわけではありません。しかし、この年の夏に、これほどまでにまとまって、亡き妹を想い、銀河に思いをはせる作品をつくっていることは、やはり注目しておくべきことかと思い、ここに加えました。
5月の 修学旅行詩群 では、妹のことが出てこないのが不思議と書きましたが、抑えていたものが、ついにここにいたってほとばしり出てきた感もあります。
また、上記の作品群の重要性は、これらが童話「銀河鉄道の夜」の構想と、密接に関連していると考えられることにもあります。
このうえなく甘く切なく、またそのゆえにか作者によって抹消されていた「一六六 薤露青」を筆頭に、上記の諸作品における銀河の描写のなかには、「銀河鉄道の夜」を連想させる場面が数多くあります。
たとえば、「一七九 〔北いっぱいの星ぞらに〕」の下書稿のなかには、「ダイアモンド会社がかくしておいた金剛石を、いきなりひっくりかえしたみたいに」という、「六、銀河ステーション」でおなじみの形容が出てきます。
また、「一五八 〔北上川は熒気をながしィ〕」では、「妹」という存在が登場するだけでなく、会話している3人の関係は、銀河鉄道に途中から乗ってくる、家庭教師の青年・女の子・小さな弟という3人組の様子も連想させます。
「二七 鳥の遷移」や「一五六 〔この森を通りぬければ〕」のように、亡き妹と鳥を関係づけるのは、『第一集』所収の「白い鳥」以来の賢治の感覚です。これらの作品に登場する鳥は、「五、天気輪の柱」のなかの、「鳥が一疋、丘の上を鳴き続けながら通って行きました」という箇所を、遠く連想させます。
これらのイメージに、あとは「夜行列車」が重なれば、「銀河鉄道の夜」の世界が浮かび上がってきます。
やはり、その下地には、前年の「オホーツク挽歌」の夜行列車があり、その上に、この年5月の修学旅行における、2泊の車中泊があったのではないだろうかと思います。