〔温く含んだ南の風が〕
一九二四、七、五、
温く含んだ南の風が
かたまりになったり紐になったりして
りうりう夜の稲を吹き
またまっ黒な水路のへりで
はんやくるみの木立にそゝぐ
……地平線地平線
灰いろはがねの天末で
銀河のはじが茫乎とけむる……
熟した藍や糀のにほひ
一きは過ぎる風跡に
蛙の族は声をかぎりにうたひ
ほたるはみだれていちめんとぶ
……赤眼の蠍
萓の髪
わづかに澱む風の皿……
蛍は消えたりともったり
泥はぶつぶつ醗酵する
……風が蛙をからかって、
そんなにぎゅっぎゅっ云はせるのか
蛙が風をよろこんで、
そんなにぎゅっぎゅっ叫ぶのか……
北の十字のまはりから
三目星(カシオペーア)の座のあたり
天はまるでいちめん
青じろい疱瘡にでもかかったやう
天の川はまたぼんやりと爆発する
……ながれるといふそのことが
たゞもう風のこゝろなので
稲を吹いては鳴らすと云ひ
蛙に来ては鳴かすといふ……
天の川の見掛けの燃えを原因した
高みの風の一列は
射手のこっちで一つの邪気をそらにはく
それのみならず蠍座あたり
西蔵魔神の布呂に似た黒い思想があって
南斗のへんに吸ひついて
そこらの星をかくすのだ
けれども悪魔といふやつは、
天や鬼神とおんなじやうに、
どんなに力が強くても、
やっぱり流転のものだから
やっぱりあんなに
やっぱりあんなに
どんどん風に溶される
星はもうそのやさしい面影(アントリッツ)を恢復し
そらはふたゝび古代意慾の曼陀羅になる
……蛍は青くすきとほり
稲はざわざわ葉擦れする……
うしろではまた天の川の小さな爆発
たちまち百のちぎれた雲が
星のまばらな西寄りで
難陀竜家の家紋を織り
天をよそほふ鬼の族は
ふたゝび蠍の大火をおかす
……蛙の族はまた軋り
大梵天ははるかにわらふ……
奇怪な印を挙げながら
ほたるの二疋がもつれてのぼり
まっ赤な星もながれれば
水の中には末那の花
あゝあたたかな憂陀那の群が
南から幡になったり幕になったりして
くるみの枝をざわだたせ
またわれわれの耳もとで
銅鑼や銅角になって砕ければ
古生銀河の南のはじは
こんどは白い湯気を噴く
(風ぐらを増す
風ぐらを増す)
そうらこんどは
射手から一つ光照弾が投下され
風にあらびるやなぎのなかを
淫蕩に青くまた冴え冴えと
蛍の群がとびめぐる