「ちゃんがちゃがうまこ連作」歌碑

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1.テキスト

ちやんがちやがうまこ
        宮 澤 賢 治 自 筆

夜明げには
まだ間あるのに
下のはし
ちやんがちゃがうまこ見さ出はたひと。

ほんのぴゃこ
夜明げがゞった雲のいろ
ちゃんがちゃがうまこ 橋渡て來る。

いしょけめに
ちゃがちゃがうまこはせでげば
夜明げの為が
泣くだぁぃよな氣もす。

下のはし
ちゃがちゃがうまこ見さ出はた
みんなのながさ
おどともまざり。

       宮沢賢治詩碑建立実行委員会
              平成十一年一月吉日

2.出典

歌稿〔B〕 537~540

3.建立/除幕日

1999年(平成11年)1月吉日 建立/4月29日 除幕

4.所在地

盛岡市大沢川原一丁目 下の橋畔



5.碑について

 賢治が盛岡高等農林学校三年の時、弟と一緒に下宿していたという下ノ橋たもとの家の跡に、この碑はあります。

2023年のチャグチャグ馬コ
2023年のチャグチャグ馬コ風景
Wikimedia Commonsより)

 もともと「チャグチャグ馬コ」とは、都南や三本柳などおもに盛岡南近郊の農村で飼われている馬を着飾らせ、旧暦5月5日に馬の守護神である滝沢の鬼越蒼前神社に人馬ともに参詣して、馬の勤労に感謝しその無病息災を祈る、という行事でした。ちょうど田打ち・代かきの重労働が終わった時期に、人馬ともに骨休めをして祝う、という意味合いもあったということです。
 ですから、当初の馬の進行ルートは、「各農家から滝沢の蒼前神社までの往復」で、時刻も三々五々まちまちだったのです。

 それが、1930年(昭和5年)に、馬好きで知られる秩父宮殿下が盛岡に来られた際に、馬たちが通常どおり蒼前神社参詣した後、行列を成して盛岡八幡宮に向かい、その神前馬場で馬ぞろいを披露したところ、大変な評判となりました。それで翌年からも、蒼前神社参詣の後に、揃って盛岡八幡宮まで行進するのが、恒例になったのだということです。(盛岡市公式サイト「チャグチャグ馬コとは?」参照)
 そして現在では、「チャグチャグ馬コ」と言えば、「滝沢の鬼越蒼前神社から、盛岡の八幡宮まで」が、行列のルートということになっています。「馬の参詣」という本来の宗教的意味よりも、参詣後に一般の人々に見てもらうパレードの方が、前景に立てられたわけです。

 このような歴史的経緯を知っておくと、賢治と清六が「下ノ橋」で、「夜明け前」にチャグチャグ馬コを見た、という短歌の内容がよく理解できます。
 現在のチャグチャグ馬コの行列は、盛岡市北方の滝沢市を出発して南下し、岩手公園から中ノ橋を渡って東の盛岡八幡宮に向かいますから、下ノ橋は通らないのです。またその時刻も、滝沢を朝9時30分に出て14kmの道のりを歩き、盛岡市内にやって来るのは、12時すぎになります。

 これに対して、賢治たちが大正時代に見たチャグチャグ馬コは、蒼前神社参詣ができるだけ早い方が効験があると信じられていたため、近郊の農家は早朝からまるで競争のように神社に急いだということです。そのため、盛岡南郊の農村から来る馬は、もう夜明け前には下ノ橋を通過して、さらに先を急ぐために「いしょけめに/ちゃがちゃがうまこはせでげば」ということもあったのでしょう。
 このあたりの様子も、馬たちが綺麗に隊列を組んで優雅に歩く現在のチャグチャグ馬コとは異なります。

 ということで歌碑になっているのは、夜明け前から賢治が弟とともに、当時の馬の駆けっぷりを見て詠んだ、岩手方言による連作短歌です。
 賢治の方言短歌と言えば、童話「鹿踊りのはじまり」の中の、鹿たちの歌が何といっても印象的ですが、こちらの連作にも素朴な味わいと哀調があります。

 賢治は後年にも、種馬検査で集まる馬を見るために、夜通し歩いて外山種畜場まで行ったりするほどで(「七五 北上山地の春」など)、馬はかなり好きだったのでしょう。
 この一連の歌からも、心を躍らせて馬を見ている様子が、伝わってきます。

 またこの歌碑の隣には、下写真のような「賢治清水」と名づけられた井戸があります。賢治が下宿していた頃に利用していた共同井戸跡をボーリングしたところ、良質な湧き水が得られたので、歌碑建立の機会にこの井戸も公開されたということです。

賢治清水のいわれ

この賢治清水は、宮沢賢治が大正六年より盛岡高
等農林学校(現岩手大学農学部)在学中に
弟清六と二人で大沢川原一丁目の玉井家に下宿して
いた当時宮沢賢治が使用していた共同井戸が
右前方下駐車場に現存されています。
この井戸の水脈を十メートル程ボーリング致し、
大変良い清水に恵まれ左記のような水質検査と相成り
「ちゃんがちゃんがうまこ」の詩碑建立とあわせて是れを
記念して「賢治清水」と命名致しました。
  平成十一年八月一日
    宮沢賢治詩碑建立実行委員会

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「賢治清水」