七五

     北上山地の春

                  一九二四、四、二〇、

   

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   雪沓とジュートの脚絆

   白樺は焔をあげて

   熱く酸っぱい樹液を噴けば

   こどもはとんびの歌をうたって

   狸の毛皮を収穫する

   打製石斧のかたちした

   柱の列は煤でひかり

   高くけはしい屋根裏には

   いま朝餐の青いけむりがいっぱいで

   大迦藍(カセードラル)のドーム(穹窿)のやうに

   一本の光の棒が射してゐる

   そのなまめいた光象の底

   つめたい春のうまやでは

   かれ草や雪の反照

   明るい丘の風を恋ひ

   馬が蹄をごとごと鳴らす

   

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   浅黄と紺の羅沙を着て

   やなぎは蜜の花を噴き

   鳥はながれる丘丘を

   馬はあやしく急いでゐる

    息熱いアングロアラヴ

    光って華奢なサラーブレッド

   風の透明な楔形文字は

   ごつごつ暗いくるみの枝に来て鳴らし

   またいぬがやや笹をゆすれば

    ふさふさ白い尾をひらめかす重挽馬

    あるひは巨きなとかげのやうに

    日を航海するハックニー

   馬はつぎつぎあらはれて

   泥灰岩の稜を噛む

   おぼろな雪融の流れをのぼり

   孔雀の石のそらの下

   にぎやかな光の市場

   種馬検査所へつれられて行く

   

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   かぐはしい南の風は

   かげらふと青い雲滃を載せて

   なだらのくさをすべって行けば

   かたくりの花もその葉の斑も燃える

   黒い廐肥の籠をになって

   黄や橙のかつぎによそひ

   いちれつみんなはのぼってくる

   

   みんなはかぐはしい丘のいたゞき近く

   黄金のゴールを梢につけた

   大きな栗の陰影に来て

   その消え残りの銀の雪から

   燃える頬やうなじをひやす

   

   しかもわたくしは

   このかゞやかな石竹いろの時候を

   第何ばん目の辛酸の春に数へたらいゝか   

 

 


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