そしてみんながカムパネルラだ

「おまへのともだちがどこかへ行ったのだらう。あのひとはね、ほんたうにこんや遠くへ行ったのだ。おまへはもうカムパネルラをさがしてもむだだ。」
「ああ、どうしてなんですか。ぼくはカムパネルラといっしょにまっすぐ行かうと云ったんです。」
「あゝ、さうだ。みんながさう考へる。けれどもいっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。」

 「銀河鉄道の夜」初期形第三次稿の終わり近くのこの箇所で、黒い大きな帽子をかぶった人が言う「みんながカムパネルラだ」という言葉の意味は、どのように解釈したらよいのでしょうか。
 一般的な理解としては、「お前が出会う人はみんな、長い長い輪廻転生のうちには、一度はお前の親きょうだいや親友だった人ばかりなのだから、お前がカムパネルラを大切に思うならば、お前はそれと同じ気持ちで、すべての人の幸いを探していかなければならない」ということになるでしょうか。
 このように解釈すれば、これは倫理的な観点から、「人はこうあるべきだ」という「当為」を述べた命題だということになります。

 一方、私は最近「千の風になって」という記事にも書いたように、トシの死後に賢治がその死をどのように受けとめていったのだろうかということについて考えるうちに、上記のような理解とはまた別のとらえ方について、いろいろ思うようになりました。
 それは、上のように「当為」として人が意識的に引き受けるというのではなくて、それはある意味では「現実」なのだという、一種の「気づき」に関わるものです。

 そのような「気づき」は、たとえばいつも取り上げる「薤露青」にも、現れています。

声のいゝ製糸場の工女たちが
わたくしをあざけるやうに歌って行けば
そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が
たしかに二つも入ってゐる
  ……あの力いっぱいに
     細い弱いのどからうたふ女の声だ……

 ここで賢治は、製糸場の工女たちのざわめきを聴きながら、彼女たちのまぶしい声の中に、妹トシの声が「二つも入ってゐる」のに驚きます。
 ふと気がつくと、まるで「みんながトシ」なのです。

 以前の私は、この箇所で工女たちが「わたくしをあざけるやうに歌って」行くということから、ここには賢治の孤独感や、いつまでも悩み続けている自分への情けなさが投影されていて、つまりこれは賢治の悲しみを表しているのかと思っていました。
 しかし、その「あざけるやう」な声の中に、愛する妹の声も入っていることに注目するならば、この「あざけり」を単純にネガティブな意味だけに解釈するのは、ちょっと違うような気もしてきます。

 そう思って、「薤露青」の2日前の、7月15日の日付を持つ「〔北上川は熒気を流しィ〕(下書稿(三))」を見ると、ここにも妹トシの「声」が入っていると考えざるをえません。そしてそこには、たとえば次のような兄と妹のやり取りが出てきます。

(学名は何て云ふのよ)
(ひやかしちゃいけないよ)
(知らないんだわきっと)
(学名なんかうるさいだらう)
(Oenothera lamarkeana ていふんだ)
(ラマークの発見だわね)
(ああ)
  やれやれ一年も東京で音楽などやったら
  すっかりすれてしまったもんだ、

 ここで、「一年も東京で音楽などやったら」というところには脚色が入っているのでしょうが、ここには明らかに、東京の日本女子大学で学んでいたトシの面影があります。
 あるいはその少し前では、(そんなら豚もミチアねえ)と妹に突っ込まれて、兄は(かなはないな おまへには)と、やり込められたりもしています。

 持ち前の利発さに加えて、都会的な向こうっ気の強さも身につけてきた妹に対し、兄はまさにたじたじとなっていますが、彼はそんな風に妹にからかわれることを、積極的に楽しんでいるようでもあります。
 そして、「薤露青」において、妹の声の工女たちが「わたくしをあざけるやうに歌って」行くという箇所にも、同じような賢治の気持ちが入っているのではないかと感じるのです。若々しく無邪気な工女たちの声は、上のように兄をからかったお転婆なトシの一面を連想させ、懐かしく心温まる思いも抱かせたのではないかと、私は考え直してみたりもするのです。

 いずれにせよ、先日「千の風になって」という記事に書いたように、ちょうどこの頃の賢治が、「死んだ妹がいつも近くにいる」と感じるようになっていたとすれば、妹はさまざまな人の「声」を借りて、その存在を現しているということでもあっただろうと思うのです。
 また前回、「「探索行動」としてのサハリン行」という記事に書いたように、大切な人を喪った人は、街の雑踏の中にふと現れた後ろ姿に、「その人」を見ることもよくあります。
 目や耳や、さまざまな感官を通して、まさに「みんながカムパネルラ」になるのです。

 ところで、一人の私の知人が、「薤露青」を読んでこんな感想を話してくれました。

「妹の声」が混じって聴こえるというのは、そういうのは私もよくあるので、わかる気がします。
私は子どもの頃から、よく祖母に 「あんたは墓守りをしてや」と言われていて、祖母は私に、お墓の掃除や手入れの仕方を、丁寧に教えてくれていました。そして、将来おばあちゃんが死んでから、あんたがお墓の手入れをしに来て、掃除をしたりお花を生けたりした後に、「しといたで」とおばあちゃんに言ってくれたら、おばあちゃんはお墓の中から、「おおきに」って返事をするからな、と言ってくれていたんです。
それなのに、祖母が亡くなってからのある日、お墓に来てきちんと手入れをして、「しといたで」と祖母に声をかけても、何も返事がなかったんです。
がっかりして帰り道についたら、途中のバス停で、一人のおばあさんがバスがわからなくて困っていたので、教えてあげました。
そしたら、そのおばあさんが、「ありがとう」と言ってくれたんです。
おばあちゃんが、この人の口を借りて言ってくれたんだな、と思いました。
亡くなったおばあちゃんに、「包まれている」ような感じがしました。

 これも、「みんながカムパネルラだ」ということだと思います。

 ここにおいて、黒い大きな帽子をかぶった人が言う「そしてみんながカムパネルラだ」という命題は、「当為」としてのみならず、一つの「現実」として、立ち現れてくるのです。