千原英喜作曲「祭日」

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 去る6月28日に、大阪のいずみホールで大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団による「千原英喜と宮沢賢治―その魅力の音世界」を聴いて感動したことをきっかけに、千原英喜作曲の「祭日」のDTMによる演奏を作成してみました。
 これは、千原氏による『児童・女声合唱組曲 ちゃんがちゃがうまこ』の第4曲で、賢治の文語詩「祭日〔二〕」に曲を付けたものです。
 下のリンクをクリックして、mp3でお聴き下さい。

祭日(mp3)

 歌詞となっているテキストは、下記です。

  祭日〔二〕

アナロナビクナビ 睡たく桐咲きて
峡に瘧のやまひつたはる

ナビクナビアリナリ 赤き幡もちて
草の峠を越ゆる母たち

ナリトナリアナロ 御堂のうすあかり
毘沙門像に味噌たてまつる

アナロナビクナビ 踏まるゝ天の邪鬼
四方につゝどり鳴きどよむなり

 ここで描かれているのは、花巻市街から10kmほど東へ行ったところにある、「成島の毘沙門天」です。
 2行目の「峡」とは、北上山地から稗貫平野へと流れ下る猿ヶ石川のことです。この流れのほとりの毘沙門堂に、高さ4.7mという日本最大の毘沙門天像があり、周辺の村々の信仰を集めています。「瘧(おこり)のやまひ」とは、高熱が出る病気の総称で、「つたはる」というからには伝染性のものなのでしょう。
 疫病にかかった子供を持つ母親たちは、何としても回復してほしいという切実な願いを胸に、毘沙門天に供えるための赤い幡を手に、峠を越えて御堂に集まってきます。この成島の毘沙門天の面白い特徴は、大きな木像の足の部分に味噌を塗りつけるとご利益があると言われているところで、巡礼者はそれぞれが味噌を持ってきて、毘沙門様の脛に塗りつけては祈るのです。
 各連の最初に出てくる「アナロナビクナビ…」という謎の言葉は、いったい何のことかと思いますが、これは法華経陀羅尼品第二十六にある毘沙門天の陀羅尼(呪文)です。その意味は、「富める者よ、踊る者よ、讃歌に依って踊る者よ、火神よ、歌神よ、醜悪なる歌神よ」というものだそうです。ただ、これは特に成島の毘沙門天で唱えられているというわけではなく、賢治が独自にここに持ってきてはめ込んだもので、言葉そのものの意味というよりも、音の響きによる表現性を意図して取り入れてある印象です。

 「アナロナビクナビ…」という不思議な言葉と、薄暗い御堂の中で像の足に味噌を塗りつけるという行為は、言いようもない一種の「呪術性」を醸し出しています。
 それは、子供の伝染病という人間の力を超えた恐怖に対処しようとする母親たちの、必死の祈りの表現ですが、このようなすぐれて人間的な営みと、「桐の花」「草の峠」「つつどり」などという自然の風景とが、一つの構図のもとに対照をなして描かれています。

 千原英喜氏は、これに日本的なペンタトニックの素朴な旋律を付け、母親たちの切実な情感も込めます。
 最後の方の「四方につゝどり鳴きどよむ…」のあたりのピアノ伴奏に出てくるアルペジオは、詩に合わせて鳥の鳴き声を音で表現したものかと思いますが、今回の演奏では、この部分に実際の鳥の鳴き声も入れてみました。ちょっと小さいですが、「ポポッ、ポポッ」という声で入っているのが、「つつどり」です。耳を澄ませて、聴いてみて下さい。

 歌は、VOCALOID第一世代のMeiko、第二世代の初音ミク、第三世代のMewの共演です。