スコープとシャブロ

 2023年になりました。本年もどうかよろしくお願いします。

 大晦日の「ゆく年くる年」を見ていると、この年越しは全国的に雪は比較的少なかったようですが、一昨日あたりから北日本ではかなりの積雪が続いているようですね。
 雪かきや雪下ろしの際などは、どうか安全にお気を付け下さい。

 ところで皆さんは、除雪に使う下の道具を、「スコップ」と呼ぶでしょうか? 「シャベル」と呼ぶでしょうか?

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 年末にたまたまネットを見ていたら、「スコップとシャベルの違いは? 関西・関東で異なる理由と意味の違いは?」という記事を目にしました。
 「スコップとシャベルの違い」と言われると、まず何より大きさが違うのだろうと私は思っていたのですが、上の記事によれば、もともとJIS規格で定められた仕様では、「匙部の上辺が足をかけられるように水平になっているものがシャベル、なで肩になっていて足をかけられないのがスコップ」という風に、形の違いで分けられているのだということです。
 となると、上画像の雪かきの道具は、匙部の上辺がなで肩になっていて、雪をかく時にここに足をかけるものではありませんから、JIS規格では「スコップ」ということになります。

 一方、下の画像は、匙部の上辺が水平で、ここに足をかけられるタイプです。

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 土を掘る際には、ここに足をかけて体重を乗せれば、下向きに大きな力を加えられるようになっていて、これはJIS規格の「シャベル」に該当するわけです。

 最後に、下の道具は、匙部の上辺は一見すると水平ですが、これは片手に持って使うもので、「足をかける」ことはありません。

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 ですからこれは、JIS規格では「スコップ」になります。最初の雪かき用のものと、大きさはかなり違いますが、どちらもスコップになるのです。

 そこでさっきのウェブ記事「スコップとシャベルの違いは? 関西・関東で異なる理由と意味の違いは?」に戻ると、上述のようなJIS規格の定義と、現代の東日本における一般的な呼び方は、なぜか逆になっているということでした。
 私は西日本の人間なので、JIS規格上の呼び方にあまり違和感はないのですが、東日本在住の方はいかがでしょうか。上の「移植ごて」的なものは「スコップ」と言わずに「シャベル」と呼ぶでしょうか? さらにその上の「木柄ショベル」は、「スコップ」と呼んだ方がしっくりくるでしょうか?

 ところでこれらの道具は、賢治の作品にも様々な名前で登場します。
 その中でも印象的なのは、「銀河鉄道の夜」のプリオシン海岸の場面で、大学士たちのグループが化石を発掘しているところです。

 だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴をはいた学者らしい人が、手帳に何かせわしさうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしてゐる、三人の助手らしい人たちに夢中でいろいろ指図をしてゐました。
「そこのその突起を壊さないように。スコープを使ひたまへ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」
 見ると、その白い柔らかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣の骨が、横に倒れて潰れたといふ風になって、半分以上掘り出されてゐました。

 この「スコープを使ひたまへ、スコープを」という大学士の叫び声は、言葉の珍しさとも相まって、彼の近眼鏡とともに私の心に焼きついています。
 それにしても賢治の時代は、今で言う「スコップ」のことを「スコープ」と呼んでいたのでしょうか。気になって、「次世代デジタルライブラリー」で調べてみました。

 とりあえず、1868年(明治元年)から1924年(「銀河鉄道の夜」の執筆開始年)までの図書を対象に「スコープ」で検索してみると、1,031件がヒットしました。ただ、この中のほとんどは、「テレスコープ」とか「カレイドスコープ」とか、スコップではない他の言葉の一部分でしたので、上記の「土を掘る道具」に該当するものを一つ一つ点検してみると、現在のスコップの意味の用例は15件でした。

 その中で下の画像は、1907年に専売局が刊行した『大日本塩業全書 附図』という書籍に掲載されている、「機関並機関室附属器具機械」という図です。「スコープ」の図が出ていますが、なで肩の足をかけないタイプで、現在のJIS規格の「スコップ」と一致する形です。土を掘る場合は垂直に匙部を入れるので、足を乗せて下向きに体重をかける「シャベル」が適していますが、塩をすくうのも雪の場合と同じく、匙部は水平に入れるので、足をかけないタイプを使うのでしょう。

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 また、1913年刊行の『南極記』(南極探検後援会)には、次のような一節がありました。

併し此難関を通過せぬ以上、迚も前進の途がないので、もとより賭生決死の面々とて、各々大勇猛心を起して、手にスコープを振上げ振上げ、奮闘の限りを尽した。其作業の順序は、一人が先づスコープを以て雪を掻き除け、通路を開くと、後方に立つ二人は、万一を慮って、先頭に立つ者の身を縛した命綱を曳き乍ら、守護しつゝ進むといふ風……(強調は引用者)

 手に汗を握る場面ですが、ここで「スコープ」は雪かきに使われていますので、やはりJIS規格どおり足をかけないタイプだったと推測されます。

 『新校本全集』別巻の「索引篇」で調べると、「スコープ」の賢治の用例は「銀河鉄道の夜」における1回だけで、「スコップ」という用例はありません。
 その「銀河鉄道の夜」における「スコープ」の形状を推測すると、これは化石の発掘において、細かい部分を壊さないように慎重に少しずつ土を除くために使われていますので、「足をかける」大きなタイプではなく、移植ごてのように片手で持って使うタイプだったのだろうと思われます。
 すなわち、賢治の用例も、現在の東日本の呼称とは異なって、JIS規格に一致するものです。

 一方、賢治は「シャベル」に該当する語も、複数の作品で用いています。
 こちらで印象に残るのは、「保線工手」(「文語詩稿 一百篇」)における、「シャブロ」という用例です。

   保線工手

マミの毛皮を耳にはめ、   シャブロの束に指組みて、
うつろふ窓の雪のさま、  黄なるまなこに泛べたり。

雪をおとして立つ鳥に、  妻がけはひのしるければ、
仄かに笑まふたまゆらを、 松は畳めり風のそら。

 ここに出てくる「シャブロ」というのが何のことなのか、私は最初わからなかったのですが、『定本 宮澤賢治語彙辞典』によれば、これは「シャベル」の方言だということです。

 再び「次世代デジタルライブラリー」で昔の用例を調べてみると、1918年刊行の『発音とローマ字』(近藤光次著、興文社)という本に、下画像のような箇所がありました。

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 「土方用鉄製大匙」という和訳は、無骨ながらもまさにこの道具をぴたりと表していて痛快です。
 さらにこのページの下欄外には、次のような註が付けられていました。

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 「保線工手」に出てくる「シャブロ」は、鉄道線路の保線を行う工手が使う道具ですから、おそらくは足をかけてガッと土を掘るタイプでしょう。そうであれば、JIS規格で言う「シャベル」と一致します。

 ところで、上の『発音とローマ字』には「ショヴェル、シャブル、シャブロ」という様々な形が挙げられていたように、賢治が作品中で用いた形も「シャブロ」だけではなくて、他にもいろいろあります。
 まず、「〔ひとひはかなくことばをくだし〕」(文語詩未定稿)の「下書稿(一)」には、「シャベル」が出てきます。

山なみ越えたるかしこの下に
なほかもモートルとゞろにめぐり
はがねのもろ歯の石噛むひゞき
ひとびとましろき石粉にまみれ
シャベルを叺をうちもるらんを

 これは東北砕石工場で石灰岩を掘り出す現場の情景ですから、おそらく「足をかけるタイプ」で、現代のJIS規格の「シャベル」と同じでしょう。

 また、「化物丁場」(「文語詩稿 一百篇」)の「下書稿(二)」においては、最初に「シャブルつ」と書きかけてから、すぐに削除されています。これも鉄道工事の現場ですから、「保線工手」と同じように現代JIS規格の「シャベル」に相当する道具でしょう。

 最後に、「花鳥図譜ヽ八月丶早池峯山巓 森林主事、農林学校学生、」(補遺詩篇Ⅰ)には、「ショベル」が出てきます。

(なるほど雲だけ見てゐた人が
 山を登ってしまったもんで
 俄かにショベルや何かを出して
 一貫近くも花を荷造りした訳ですね
 それもえらんでこゝ特産の貴重種だけ
 ぼくはこいつを趣味と見ない
 営利のためと断ずるのだ)

 これは、早池峰山の登山者が貴重な花を勝手に掘り取ったところを、森林主事に見つかって説教されているところです。ここで出てくる「ショベル」が、片手で持つ小型のものか、大型の足をかけるタイプかは確定できませんが、こっそり堀り取ろうとした手口からすると、目立つ大型のシャベルではなく、移植ごてのような小型のものを隠し持っていた可能性が高いように感じられます。
 となると、これは現代のJIS規格では「スコップ」になり、賢治の用例のうちでこれだけは、JIS規格と一致しないかもしれません。

 ということで、賢治が作品中で用いた「スコープ」「シャブロ」「シャブル」「シャベル」「ショベル」の例を検討した結果、一例を除けば現代のJIS規格の分類に一致していました。
 「現代の東日本ではJIS規格の定義と逆の名前で呼ばれている」という冒頭の記事に反して、賢治は東日本にいながらも、ほぼ正しく使用していたということになります。

 おそらくその理由は、「次世代デジタルライブラリー」で確認できた明治~大正期には現代のJIS企画と同じ意味で一般に使用されていたようですので、この言葉が日本で使われるようになった当初は、賢治も含めて全国的に正しく使われていたということでしょう。その後なぜか、東日本においては意味が入れ替わってしまったので、当時の賢治の用法ともずれが生じてしまったということなのかと思われます。

 (それにしても、国会図書館が昨年から開始した「次世代デジタルライブラリー」というウェブサービスの威力は相当なもので、昔の言葉の用例を調べる上では、強力なツールになってくれます。)