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北上川の流氷

 今日1月17日の午後に網走地方気象台では、肉眼で流氷が観測されたということで、気象的に言う「流氷初日」だったということですが、先日は河北新報のウェブ版に「北上川に流氷出現 宮沢賢治の詩「流氷(ザエ)」の情景再現」という記事が掲載されました。
 記事中の動画は、YouTube でも公開されています。

 これは北上市の珊瑚橋から撮影されたということですが、賢治の時代には花巻でもこのような情景が見られたのでしょう。温暖化の影響か、北上川の流氷の出現は10年ぶりということで、今年の冬の冷え込みのおかげで、神秘的な景色が現れたようです。

 それにしても、賢治の作品のなかでも文語詩のことが一般紙で触れられるというのは、珍しいことだと思います。この「流氷ザエ」という詩が、文語詩の中でも人気が高いことの表れでしょうか。

   流氷ザエ

はんのきの高きうれより、    きらゝかに氷華をおとし、
汽車はいまやゝにたゆたひ、  北上のあしたをわたる。

見はるかす段丘の雪、     なめらかに川はうねりて、
天青石アヅライトまぎらふ水は、     百千の流氷ザエを載せたり。

あゝきみがまなざしの涯、   うら青く天盤は澄み、
もろともにあらんと云ひし、  そのまちのけぶりは遠き。

南はも大野のはてに、     ひとひらの吹雪わたりつ、
日は白くみなそこに燃え、   うららかに氷はすべる。

 冬の朝の凍てつくような空気感と、ひたすら青い空や川の水、水底に白く燃える太陽が、美しい対照を成しています。そしてここに登場する「きみ」とは、賢治にとっていったいどんな存在だったのでしょうか……。

 題名にもなっている「ザエ」という方言は、ネットで調べると、新潟地方でも「薄く張った氷」のことを言うとのことです(goo全国方言辞典より)。また島根県地方でも、「つらら」のことを「しみざえ」と言うようです(「石見の方言」より)。古語辞典によれば、「ゆ」はもともとは「冷え込む・冷たく凍る」という意味だったということですので(Weblio古語辞典より)、語源はここから来ているのでしょう。

 さて、流氷の動画とともにツイッターで少し話題になっていたのは、テキスト中の「天青石」に賢治が「アヅライト」とルビを振っていることです。本来は、「天青石」の英名は「celestine セレスティン、セレスタイン」で、一方「azurite アズライト」は「藍銅鉱」なので、漢字とルビが一致していないのです。
 このことについて、『定本 宮澤賢治語彙辞典』では、「賢治は文語詩[流氷ザエ]の中で、流氷を流す水の描写に使ったが、Celestine-d06-182a.jpgルビを「アライト」とふっている。理由は未詳。」と書かれており、また細田嘉吉著『石で読み解く宮沢賢治』には、「天青石のルビ「アズライト」は誤り」(p.104)と書かれています。

 では、漢字とルビのどちらに賢治の本来の意図があったのだろうかと考えると、まず「天青石」は右上写真のように、水晶のように透きとおった淡青色で、氷のようなイメージです。
 これに対して「藍銅鉱」は、右下写真のように深い青色で、質感も濃密です。Azurite_from_China.jpg(画像はいずれも、ウィキメディア・コモンズより)
 上の動画を見ても、「流氷」の比喩ならば天青石がぴったりなのですが、テキストを見ると作者は「川の水」の喩えに使っていますので、これは濃青色の「藍銅鉱アズライト」の方に、作者の意図はあったのではないかと感じるところです。

 信時哲郎氏の『宮沢賢治「文語詩稿 五十篇」評釈』でも、語注において次のように説明されています。

天青石 天青石とは石灰岩、砂岩などの堆積岩の中や熱水鉱脈の中に産するストロンチウム硫酸塩化合物で、淡い空色をしていることからこう呼ばれる。ただしルビのアヅライトは藍銅鉱のことで、これは銅の水酸化炭酸塩化合物で色は濃い青。天青石は本作品にしか登場していないし、色も淡すぎるので、賢治作品に数回登場しており、色も濃い藍銅鉱(アズライト)を指しているのだとすべきだろう。「うら青く天盤は澄み」という句と関わらせようとしたための誤りだと思われる。小沢俊郎による「語註」(『新修宮沢賢治全集6』筑摩書房昭和55年2月)に「藍銅鉱(azurite 旧訳名は銅青石)、天青石(celestine)、天藍石(lazulite)、青金石(lazurite)等の混同」とあるが、これらはすべて別の鉱物で、極めてややこしい。「石っこ賢さん」とあだ名されていた賢治でも、間違えてしまうのは仕方がない。ただ、島田隆輔(「宮沢賢治研究 文語詩稿五十篇訳注・稿2009年版」[未刊行]平成21年3月)のように「「川にうかぶ流氷」そのものを「天青石」とみた」とする立場もある。

 あと、これも信時氏が上掲本で触れられていることですが、入沢康夫さんがこの作品に関して、作中の「きみ」はかならずしも回想の存在とばかりは言えず、一緒に列車に乗っている可能性もあるのではないか、あるいは「きみ」だけが車中にいると考えることもできるのではないか、という問題提起をしておられたことが、印象的です。
 『賢治研究』98号(2006)より、入沢さんの文章の後半部を引用させていただきます。まず、この文語詩の先駆的な題材と考えられる短歌の引用から始まります。

あはれきみがまなざしのはて/むくつけき/松の林と土耳古玉の天と
北上の大野に汽車は入りたれば/きみはうるはしき面をあげざり
うるはしく/うらめるきみがまなざしの/はてにたゝずむ緑青の森
むくつけきその緑青の林より/まなこをあげてきみは去りけり

 これを読むと、「きみ」も一緒に列車に乗っている―― あるいはさらに一歩進んで「きみ」だけがひとり汽車に乗っていると読んでも「流氷」は成り立つのではないかと、考えられてきたのだ。車中、ひとり過去の恋の回想にふける女性…… という情景設定も、賢治の文語詩におけるある種の傾向を思い合わせれば、全く不可能ではなさそうだし、もっと言えば「きみ」はかならずしも女性でなくともいいかもしれない。「銀河鉄道の夜」の初期形一と同二には、どこまでも一緒に行きたいと願ったカムパネルラが居なくなったあとのところに、「天の川を数知れない氷がうつくしい燐光をはなちながらお互ぶっつかり合ってまるで花火のやうにパチパチ云ひながら流れて来……」という流氷の川の描写があったことでもあるし、あながちひどい無理筋とも言えない気がするのである。

 ということで、賢治が見た北上川の流氷は、「銀河鉄道の夜」において、燐光を放ちながら銀河を流れる氷の発想にもつながったのではないか、というところまでイメージはふくらみ、これはもう本当にそうとしか思えなくなってきます。

 おしまいに、北上川で流氷が見られたのは10年ぶりということでしたが、なんと日本には、「川の流氷」が名物になっている場所もあるんですね。
 下の動画は、茨城県北部を流れる「久慈川」の様子で、この川では「氷花シガ」と呼ばれる流氷が、冬の風物詩になっているのだそうです。これによると、川の流氷は水の表面でできるのではなく、水の中でシャーベット状に凍ったものが浮かび上がってくるのだそうで、したがって形も板状なのではなくて、粒々のみぞれのような感じなんですね。

 そうだとすると、「銀河鉄道の夜」において「流氷が燐光を放つ」というのが、ますます相応しい気がしてきます。