賢治 in ミステリー

 先日、「賢治の世界を何らかの題材にした現代のミステリー」をご紹介するという趣旨で書いた「ミステリー on 賢治」という記事に対して、ネリさんがコメントをお寄せ下さり、何と宮澤賢治自身が藤原嘉藤治とともに探偵役として登場する、「マコトノ草ノ種マケリ」という題名の短篇推理小説が存在することを、教えていただきました。

 今日は、さっそくその作品を読んでみました。

新・本格推理06 不完全殺人事件 新・本格推理06 不完全殺人事件
二階堂 黎人 (編集)
光文社 2006-03-14
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 作品「マコトノ草ノ種マケリ」は、光文社文庫から出ている上の『新・本格推理06』という、公募による新進作家の短編集に収められています。8編の入選収録作品の中でも、鏑木蓮氏の「マコトノ草ノ種マケリ」は、選者によってもとりわけ高い評価を受けているようです。

 さてその作品は、昭和8年9月21日の午後、遠くへ逝ってしまった宮澤賢治の遺稿を、無二の親友だった藤原嘉藤治が、弟清六氏とともに整理している場面から始まります。この時、嘉藤治は「マコトノ草ノ種マケリ~北上川生首切断事件の顛末~」と題した賢治の原稿を発見するのですが、これが「作中作」として、ミステリーの本体を構成することになります。
 大正11年のある日、賢治と嘉藤治は、亡くなった若者の三回忌にちなんだレコード・コンサートを行うために、和賀地区の古い「曲り家」に招かれました。そしてその夜に、当主や数人の泊まり客とともに密室となった家の中で殺人事件が起こり、賢治と嘉藤治がその謎に挑む、という展開です。
 捜査においては、賢治が日頃から岩石採集のために持ち歩いているというルーペなどの「七つ道具」が駆使され、さらに彼独自の仏典や農業に関する知識も動員されます。作品自体の「本格推理小説」としての骨組みは、経典の言葉に秘められた暗号やアナグラム、農具を使った奇抜なトリックなどに支えられ、非常に充実したものだと思います。

 当時の追憶とともに賢治の遺稿を読み終えた嘉藤治は、末尾に「親友、藤原嘉藤治に捧ぐ」との言葉を見て、たまらずその原稿を自分の鞄に入れて宮澤家を後にし、そのためこの「作中作」は、後に編纂された「賢治全集」には収められなかった、という顛末になっています。


 巻末の選者評でも、この作品は高い評価を受けていますが、中に次のような一節がありました。

 宮沢賢治の人となりを示すエピソードがふんだんに書かれているため、殺人が起きるまでが長すぎます。これが最大の欠点。その結果、百二十枚と応募規定を超えていました。全体で十枚ほど削るよう、頼みました。

 賢治ファンとしては、殺人が起きるまでが長すぎても構わないので、削る前の「宮沢賢治の人となりを示すエピソードがふんだんに書かれている」初期形の方こそ、読んでみたかったところです。

 それから、ネリさんも先日のコメントの中で触れておられた、作者鏑木連氏へのアンケートから、「シリーズ探偵について」という項目を下に引用します。これが、私たちとしては格別の注目をすべき内容となっています。

 実は賢治ものの長編(約四百枚)を書き終えています。ただ安楽椅子探偵には妹のトシさんを起用しました。この長編シリーズにはあと二編の構想があります。短編では賢治と親友の嘉藤治を現在模索中ですが少なくともこれも二編書きたいと思います。賢治研究は、のべ三、四十冊の書籍購読、二十数回の生誕地への取材などを試みてきましたが、まだ掌握できません。本当のミステリーは、賢治自身なのかもしれません。

 「安楽椅子探偵」として妹トシの起用というアイディアは、トシの健康状態からも、賢治よりも優秀だったと逸話のある彼女の頭脳からも、まさにうってつけの感があり、すでに完成しているというその長編の発表が待ち遠しいところです。
 また、「のべ三、四十冊の書籍購読、二十数回の生誕地への取材」という鏑木氏の「賢治研究」には、並々ならぬ思い入れの強さを感じますね。

 「本当のミステリーは賢治自身」・・・。僭越ながら私も同感です。