林光作曲「岩手軽便鉄道の一月」

 北日本は大荒れの天候で、東北新幹線も一部で運転見合わせとのことですが、皆様のところは大丈夫でしょうか。

 2年前の今頃も、花巻はたくさんの雪で、その昔に軽便鉄道が走っていた軌道を、阿部弥之さんの車に乗せてもらってイーハトーブ館に向かっていました。道すがら、木々に樹氷が付いているのを見ては、「岩手軽便鉄道の一月」みたいですね、と話し合ったものでした。

 今年は自宅ですごしていますが、林光氏が作曲した「岩手軽便鉄道の一月」の歌があったことを思い出して、パソコンで演奏を作成してみました。「歌曲の部屋~後世作曲家篇」の「林光氏のページ」に、収録してあります。

「岩手軽便鉄道の一月」(MP3: 1.51MB)


ぴかぴかぴかぴか田圃の雪がひかってくる
河岸の樹がみなまっ白に凍ってゐる

よう くるみの木 ジュグランダー 鏡を吊し
よう かはやなぎ サリックスランダー 鏡を吊し
はんのき アルヌスランダー 鏡をつるし
からまつ ラリクスランダー 鏡をつるし
グランド電柱 フサランダー 鏡をつるし
さはぐるみ ジュグランダー 鏡を吊し
桑の木 モルスランダー 鏡を……
ははは 汽車(こっち)がたうたうなゝめに列をよこぎったので
桑の氷華はふさふさ風にひかって落ちる


 アコーディオンと笛、という変わった伴奏ですが、この歌の誕生のいきさつについて、林氏は次のように書いておられます(林光『作曲家の道具箱』)。

 (<劇団黒テント>による「宮澤賢治旅行記」という舞台作品の)、ちょうどその稽古が進んでいる途中で、構成・演出の加藤直から電話がかかってきました。
「なんか歌を一つ入れたくなった。こっちで考えてるのは『岩手軽便鉄道の一月』なんだけど」
「ちょっと待って」と言って電話を切り、詩集のそのページを開いてみて、「じゃあ、そうしよう」と電話をする。「できればあしたぐらいにほしい」という注文です。それはあしたがあさってになってもそんなにかわりませんから、「ああ、いいよ、できたら電話する」というようなやりとりで作曲を始めるわけです。
 途中で、気がついてまた電話をかける。
「これ、伴奏がつくの?」
「五人の役者でやるんだけれども、その五人ができるような楽器だったら、いい」
「で、なにができる?」
「一人はアコーディオンを弾いたことがある」という。
「じゃあ、そうしよう」
(中略)
 ここまで書いて、次の行を読んでいたら、なにか間奏がほしいと思ったんです。しかし、とにかくアコーディオンの弾き手は一人だけということですから、また稽古場に電話をかけて聞く。
「ほかになんか楽器できるひといないの?」
「たて笛ならふけるというのが二人いる」
「学校でやったの?」と聞くと、「そうだ」と言う。それじゃ、小学校でやった程度のたて笛です。
(中略)
「あ、これでいい」「これで先にいける」って喜んだ瞬間に、詩を二行とばしてしまった。

 ということで、上の歌詞には、ほんらい3・4行目にある「うしろは河がうららかな火や氷を載せて/ぼんやり南へすべってゐる」という詩句が抜けているんですね。

 今回の演奏では、上のようにして生まれた林光氏の伴奏に加えて、歌詞に「鏡をつるし」という言葉が出てくる箇所に、控えめながらチェレスタの音を入れさせていただきました。
 思えば、『鏡をつるし』というのは、宮澤清六氏が最初の賢治歌曲集を編集した際に、標題として採用した言葉でしたね。