スローカントリー調「私は五聯隊の古参の軍曹」

 味噌仕立てのかわりにおすましにしたり、入れる具を変えたり、お雑煮も二日・三日となると、いろいろ趣向を変えて出される地方が多いと思いますが、昨日アップした「私は五聯隊の古参の軍曹」を、今日は違った仕立て方にして作ってみました(下欄参照)。

 『【新】校本全集』に収録されているこの歌の歌詞と曲の表記(当該歌曲ページの下端楽譜参照)を見るとちょっと不思議に感じるのは、歌詞に「一、」と書かれている部分と、「二、」と書かれている部分が、別の旋律にのせて歌われるようになっているところです。ふつうは、歌の「一番」と「二番」・・・は同じ旋律で、歌詞だけが変わるものですよね。
 『【新】校本全集』第六巻の「校異篇」を見ると、そのあたりも勘案してか、編者の佐藤泰平氏による次のような説明があります。

 本文には佐藤が原曲に従って採譜・歌詞づけをしたものを掲出した。一般には曲の後半がよく知られているので、後半のふしだけを用いて一・二節を歌うのも可能である。

 つまり、楽譜で言えば5段目の‘CHORUS’と書かれた部分から後の旋律によって、歌詞の「一、」と「二、」を歌うという方法です。

 今回、下に作成したのは、そのやり方で演奏してみたものです。伴奏としては、Web 上に素晴らしいスローカントリー調に編曲された MIDI があったので、これを使わせてもらっています。もとは、兵士たちが威勢よく声を張り上げて唄う歌だったわけですが、「世界的ヒット曲」ともなると、こんな風に各国でいろんなアレンジが行われていくんですね。
 歌声合成ソフト‘VOCALOID’を使うにあたっても、いつもの‘Kaito’や‘Meiko’といった日本人の声ではなくて、‘Miriam’というイギリス人女性ヴォーカルのデータで作成してみました。

「私は五聯隊の古参の軍曹(スローカントリー調)」(MP3: 3.21MB)

一、私は五聯隊の古参の軍曹
   六月の九日に演習から帰り
   班中を整理して眠りました
   そのおしまひのあたりで夢を見ました。

二、大将の勲章を部下が食ふなんて
   割合に適格なことでもありませんが
   まる二日食事を取らなかったので
   恐らくはこの変てこな夢をみたのです。

 あまりにも、昨日のものとは雰囲気が違いすぎたでしょうか。しかし、伴奏のギターを打ち込んだ人の MIDI 作成の腕前は、「ただ者ではない」という感じです。


 それはさておき、これを作ってみてあらためて感じたのは、実際に劇の幕前にこの「私は五聯隊の古参の軍曹」という歌曲が歌われた際には、『【新】校本全集』に掲出されている楽譜の形ではなくて、ここにやってみたように、佐藤泰平氏がおっしゃるところの「後半のふしだけを用いて一・二節を歌う」という形だったのではないかと思うのです。
 その理由は三つあって、一つは、すでに述べたように歌詞に「一、」「二、」と数字が記されていることです(しかしこの記述が賢治自身のものなのかどうか、私にはわかりませんが)。
 二つには、『【新】校本全集』の楽譜の形だと、「一、」の部分、すなわち「私は五聯隊の・・・」から「・・・夢を見ました。」までの四行が、かなり旋律に合わせにくく、一つの音符にいくつもの言葉の音節を詰め込む必要があったのが、「後半のふし」に乗せると、歌詞がすんなりおさまるからです。だいたいにおいて賢治が替え歌を作る際には、旋律を念頭に置きつつ歌詞を作っているので、曲と詞はだいたいうまく当てはまっているのが通例です。
 もう一つの理由は、農学校時代に賢治から「チッペラリー」を英語で教えてもらったという元生徒の小原忠氏が、次のように書いておられるからです(小原忠「フランドン農学校の豚」(『賢治研究23』))。

 助手はのんきにチッペラリーマーチを口笛で吹く。この歌は大正十二年、賢治が英語で教えて全校で歌われた。
 初めの方だけうろ覚えを云うと、
     イッチヤロングウェーチッペラリーイッチャロングウェーツーゴー
     イッチヤロングウェーチッペラリーツーゼスイートガールアイノー
     (チッペラリーそれは遠い遠い道だよ/そこには私の知っている
      素敵な娘がいるよ)
 第一次大戦中イギリスの兵隊に流行した歌である。

 ここで引用されている、‘It's a long way to Tipperary, it's a long way to go...’という部分は、元の歌では後半部分、楽譜では‘CHORUS’と書かれた箇所から後のところなのですが、これを小原氏は「初めの方だけ・・・」として回想しておられることからすると、賢治が生徒たちに教えたのは、ここで問題にしている「後半部分」だけだったのではないかと、私は思うのです。

 というわけで、今回の演奏の方が、(カントリー調のアレンジであることを除いて!)この替え歌の元の形なのではないかと思うのですが、どんなものでしょうか。