「牧馬地方の春の歌」

 昼間に楽器屋へ行って、イッポリトフ=イワーノフ作曲の管弦楽組曲「コーカサスの風景」のポケットスコアを買ってきました。マイナーな曲かと思っていましたが、「日本楽譜出版社」というところから、ちゃんと日本語版の楽譜が出ているんですね。最近は耳にする機会も少ないですが、昔は日本でもそれだけポピュラーな曲だったのでしょう。

 賢治も、この曲のSPレコード(L.ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団)を持っていました。そして、その組曲第4曲「サルダールの行進」のメロディーを替え歌にして、「牧馬地方の春の歌」として歌っていたのです。歌詞は、1924年4月に夜を徹して歩き、外山高原に行った時の関連作品ですね(「外山詩群」参照)。
 私としては、いつかそのうちこの歌曲も DTM で演奏して、「歌曲の部屋」に入れたいと思ってスコアを買ってきたのですが、イッポリトフ=イワーノフというロシアの作曲家は、かのリムスキー=コルサコフの弟子というだけあってオーケストレーションはなかなか煩雑、これを忠実に再現しようとすると、かなり時間がかかってしまいそうです。
 しかし、次の目標はこの曲として、時間がある時に少しずつ作成していくことにします。

 ところでこの作品に関連して、大したことではありませんがちょっと気がついたことを二つ。

 まず、作曲者の名前は通常のアルファベットで綴ると‘Ippolitov-Ivanov’となりますが、この‘Ivanov’というのが、見た感じ‘Ihatov’とそっくりです。
 ‘Ihatov’は、「岩手(Ihate)」をもとにした賢治による造語と言われていますが、語尾を‘-ov’とするのは、いかにもロシア語的ですね。賢治がこのSPレコードを持っていたのは前述のとおりで、そのジャケットの‘Ivanov’という文字も見ていたはずですから、ひょっとしてこのあたりからも、造語のインスピレーションが来ていたりして。

 もう一つ、「牧馬地方の春の歌」のテキストには、「たのしくめぐるい春が来た」という一節があります。この「めぐるい春」の「い」というのは、何なのでしょうか。
 Web上には、「『い』は体言や活用語の連体形の下に付いてその語を強くきわだたせるための間投助詞」という説もありますが(「宮澤賢治の作詞」)、あまりしっくりきません。
 常識的には、「たのしくめぐる春」と書くべきところを賢治が誤記したとも思えますが、「【新】校本全集」でそのように校訂されていないところを見ると、編集委員は誤記とは考えておられないのでしょう。どなたかご存じの方がおられましたら、ご教示いただければ幸いです。
 ちなみに、この「牧馬地方の春の歌」のもとになった作品である「浮世絵(下書稿(一)第一形態)」には、「たのしくめぐるいちれつ丘をのぼります」という一節があり、たまたま「たのしくめぐるい」というフレーズが出てくるのですが、これの写し間違いとか・・・。