昨夜、NHKの「新プロジェクトX」シリーズで、「情熱の連鎖が生んだ音楽革命 ~初音ミク 誕生秘話~」という番組が放送されました。
楽器メーカーのYAMAHAが世界で初めて歌声合成ソフトを開発し、それがクリプトン・フューチャー・メディア社から"VOCALOID"シリーズとして発売された一連の経緯と、その中で「初音ミク」が大ヒットする前後の秘話を紹介した上で、さらにミクが日本や世界の音楽シーンに与えた影響をたどる、という内容でした。YAMAHAでこの技術の開発を行い、番組にも出演していた剣持秀紀さんが、たまたま私の学生時代のオーケストラの後輩であることもあって、面白く見させていただきました。

『春と修羅』所収の「霧とマツチ」は、下記のような小品です。
霧とマツチ
(まちはづれのひのきと青いポプラ)
霧のなかからにはかにあかく燃えたのは
しゆつと擦られたマツチだけれども
ずゐぶん拡大されてゐる
スヰヂツシ安全マツチだけれども
よほど酸素が多いのだ
(明方の霧のなかの電燈は
まめいろで匂もいゝし
小学校長をたかぶつて散歩することは
まことにつつましく見える)
7行目に「明方」とありますから、時刻は早朝なのでしょう。霧の中に、突然赤い光が灯りますが、それは擦られたマッチの炎で、霧のためなのか妙に拡大されて見えたというのです。
そのマッチは、「スヰヂツシ安全マツチだ」と作者は断定していますが、霧の向こうならばマッチ箱の銘柄など見えそうにないのに、不思議なことです。『定本 宮澤賢治語彙辞典』で原子朗氏は、「ハイカラ好みの賢治は外国製にしたかったのだろう」と評しています。
『春と修羅』所収の詩「有明」は、小さいけれども珠玉のように美しい作品です。下記が、その全文です。
有明
起伏の雪は
あかるい桃の漿をそそがれ
青ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉を鳴らし
もいちど散乱のひかりを呑む
(波羅僧羯諦 菩提 薩婆訶)
2024年度のイーハトーブ賞奨励賞を受賞されたイランのアスィエ・サベル・モガッダムさんは、ペルシャ語翻訳で初めて刊行した宮沢賢治詩集(右画像)のタイトルを、「有明(ماه آسمان صبح:朝空の月)」とされました。この命名の理由について、サベルさんは次のように書いておられます。
以前にご紹介した合唱曲「発動機船 一」のピアノ伴奏の音源を、'ivory II'という版から'ivory 3'にバージョンアップして一部修正しました(下記)。これにより、ピアノの音が以前よりも若干奥行きが出たかと思います。
またこの曲を、「歌曲」コーナーの中の「敗れし少年の歌へる」と「発動機船 一」のページに掲載しました。
女声合唱とピアノのための「発動機船 一」
去る3月1日に、愛知県田原市に賢治の短歌を刻んだ銘板が設置されたと聞きましたので、3月20日の春分の日に、見学に行ってきました。
渥美半島を詠んだ賢治の短歌 東三河在住の女性が市に寄贈(東日新聞)
下記が、その短歌銘板です。

今年ももうすぐ3月11日がやって来ます。
14年前のこの日の夜、私はただ呆然とテレビの映像を見ていたのですが、その際に図らずも感じたことについて、先週の講演では下のようなスライドで説明させていただきました。
2025年3月2日講演スライドより
私はこの夜、賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉に彼が込めていた思いを、なぜかふと実感できたように思ったのです。
「神戸宮沢賢治の会」のお招きで、来週の日曜3月2日に、神戸市で賢治に関する講演をさせていただくことになりました。下のような美しいチラシができています。

私が「宮沢賢治の「ほんとうのさいわい」とは何か」という大それたテーマでお話をさせていただいた後、「影絵劇団 白つめくさ」と「劇団風斜」による、「土神ときつね」の影絵+演劇も上演されます。
開演は14時、場所はJR「六甲道」駅に接する「灘区文化センター」です。申込みは不要で、入場無料ということです。
先日ある方から、天江富弥という児童文化研究家・料理屋主人と、宮沢賢治との交友関係について、お問い合わせをいただきました。
実は先週までは、Wikipedia の「天江富弥」の項目に、「(天江富弥が)宮沢賢治との交流関係をもつ」と記されていて、どこかにその根拠となるような二人の関わりを示す資料が存在するのだろうか、というお話だったのですが、私自身は不勉強にして天江富弥という人の名前さえ知らず、当初は何もわかりませんでした。
その後、Wikipedia の変更履歴を参照すると、「宮沢賢治との交友関係は確認できない」として、賢治に関する記載は2月13日に削除されているのですが、私の方で少し調べてみると、斎藤庸一という詩人による天江富弥の聞き書きの中に、天江が石川善助・森佐一とともに、花巻に賢治を訪ねたという記載があったのです。
去る1月30日にニュージーランド議会において、山に人格権を認める法案が、全会一致で可決されたというニュースがありました。
ニュージーランドで山に人格権認める法案が可決、先住民マオリの世界観認める(BBC News Japan)
「山に人格を認める」などとは、いったいどういうことなのかと思いますが、この法律はニュージーランド北島のタラナキ山に対して、山自身の所有権は(人間や政府ではなく)この山そのものに属し、山が人間と同じ権利を有していて、法的保護を受けることを認めたのだということです。

タラナキ山(Wikimedia Commonsより)
賢治の比較的初期の童話「十力の金剛石」は、すでに様々な宝石を持っている王子が、「もっといゝ宝石」を探すために、大臣の子と一緒に旅に出る物語です。
王子の帽子に付けられた蜂雀に導かれて、二人が暗い森を抜け、草の丘の頂上にやって来ると、ダイアモンドやトパァスやサファイヤが雨や霰のように降り、地に咲くりんどうやうめばちそうや野ばらは、天河石や硅孔雀石や猫睛石や紫水晶や琥珀や霰石やルビーでできていました。
「ね、このりんだうの花はお父さんの所の一等のコップよりも美しいんだね。トパァスが一杯に盛ってあるよ。」
「えゝ立派です。」
「うん。僕このトパァスを半けちへ一ぱい持ってかうか。けれど、トパァスよりはダイアモンドの方がいゝかなあ。」
王子ははんけちを出してひろげましたが、あまりいちめんきらきらしてゐるので、もう何だか拾ふのがばかげてゐるやうな気がしました。
その野原には、一々拾うのが馬鹿らしくなるほど大量の宝石が、満ちていたのです。
しかしそれなのに、宝石でできたりんどうもうめばちそうも野ばらも、なぜかかなしそうな様子で歌っています。
十力の金剛石はけふも来ず
めぐみの宝石はけふも降らず、
十力の宝石の落ちざれば、
光の丘も まっくろのよる
野原のみんなは、「十力の金剛石」というものを待ち望んでいるようですが、それは今日も来ないというのです。