剣舞の歌

1.歌曲について

 「剣舞」は、「ケンブ」ではなく「ケンバイ」と読みます。岩手・宮城地方に分布する民俗芸能で、笛・太鼓・鉦の囃方にあわせ、数名の舞手が、太刀を持ち独特の装束で、激しい踊りを繰りひろげるものです。

 賢治は、盛岡高等農林学校三年(1917年)の秋、江刺地方の土性調査の旅の途中、原体村で剣舞を見て、強烈な感銘を受けました。この時の思いは、当時の短歌「さまよへるたそがれの鳥のかなしけ□□□その青仮面の若者の踊り」(歌稿〔A〕604)や、「若者の青仮面の下につくといきふかみ夜をいでし弦月」(歌稿〔A〕605)などに詠まれています。
 この地独特の「稚児剣舞」を踊る少年たちに賢治が見た感動は、およそ5年の後、農学校教師となって生徒の少年たちと日々をすごすうちに、またあらためて甦ってきたようです。『春と修羅』に収められたあの名作「原体剣舞連」は、青春の孕むエネルギーを讃えて、そこに郷土の未来を託そうと願うとともに、またその儚さをも謳っています。

 「鹿踊り」と並んでこの「剣舞」は、生前の賢治が愛した郷土の二大芸能と言えるでしょう。現代でも、9月21日の「賢治祭」では、しばしば各地の剣舞が、演し物として詩碑前で舞われます。
 私は、1999年に初めて剣舞を実際に見る機会に恵まれましたが、鉦と太鼓によって刻まれるリズム()が、賢治が書き記したとおり、まさに「ダーダーダーダー、ダースコダーダー」と聴こえることに感激しました。


2001年賢治祭における鬼剣舞


 一方、生前の賢治は、「原体剣舞連」のテキストの最後の部分に自分で曲を付けて、「剣舞の歌」として歌っていました。農学校時代に生徒のために書いた劇「種山ヶ原の夜」の劇中歌としても、これは使われました。

 しかし、その録音やちゃんとした楽譜が残っているわけではありませんから、旋律を現代に正確に再現するのは困難です。その後、賢治全集が編まれるたびごとに、「剣舞の歌」の楽譜は繰り返し収録されますが、それぞれが微妙に異なることになりました。
 初出は、宮澤清六編集による『鏡をつるし』Aで、これは賢治が農学校生徒のために自分で謄写刷りした数字譜を原本としたと言われているものの、その「数字譜」は現存していません。さらにこれを、文圃堂版全集では藤原嘉藤治が、昭和31年版筑摩全集では阿部孝と岩手大学の千葉了道が校訂して、旧『校本全集』の楽譜になりました。

 1996年、佐藤泰平の編集による『【新】校本全集』において、「剣舞の歌」の楽譜はまた新たな変化を見せます。
 記譜された音符の上記のような変遷とは別に、実は宮澤清六氏は、この歌の一つの録音を残していました。1960年に「有信堂マスプレス」から発行された『現代詩集(3)宮沢賢治詩集』附録のソノシートにおいて、清六氏はいくつかの賢治詩を朗読しているのですが、その中の「原体剣舞連」の終結部に位置する「剣舞の歌」の歌詞相当部分で、清六氏は突如としてメロディーを付けて、詩を歌いはじめるのです。その旋律は、上記の諸全集に収録されたものと大筋では似通っていますが、細かい節回しはやや異なります。詩吟のようでもあり、また民謡的に「こぶし」がよくきいていて、独特の味わいがあります。
 『【新】校本全集』の歌曲篇では、佐藤泰平氏がこの清六氏のソノシート録音からあらためて採譜したものが、「剣舞の歌」の楽譜として収録されたのです(ページ下端楽譜参照)。

 しかしこの歌について、佐藤泰平氏自身は次にように記しています(筑摩書房『宮沢賢治の音楽』)。

「剣舞の歌」を、その歌らしく歌うのは難しい。楽譜の音符通りに歌えたとしてもなかなかさまにならないし、こぶしをつけて格好よく歌ってみたところで、わざとらしくなってしまう。「剣舞の歌」の歌い手としてもっともふさわしい人は、宮沢清六さん以外にはいないのではないだろうか。

 もしそうならば、正調の「剣舞の歌」は、2001年の宮澤清六氏の死去によって、もはやソノシートの中でしか聴けなくなってしまったわけですが、じつは最近になって、その新たな継承者が現れたのです。現代日本を代表する声優の一人として、アニメなどでも活躍している桑島法子氏が、その人です。
 彼女が年に何度か開催している宮沢賢治朗読会「朗読夜」においては、たいてい毎回最後の方で「原体剣舞連」が取り上げられますが、その終結部がやはり清六氏と同じような節回しの朗唱に突入するのです。2003年に発売されたDVD「イーハトーブ朗読紀行」にも、この作品は収録されています。
 桑島氏自身の説明によれば、彼女の父親が清六さんのソノシートを愛聴していたようで、お父さんが清六さんのようにこぶしをきかせて「原体剣舞連」を朗読し歌うのを、彼女は子供の頃から聞いて育ち、耳で憶えていったということです。自身が岩手県で生まれ育ち、またお父さんの影響もあって、彼女は賢治朗読を自らの「ライフワーク」と位置づけていると聞きますが、その「原体剣舞連」からは、こんな華奢な少女のどこにこれほどの力が秘められているのかと思うようなエネルギーがあふれてきます。

 若い力で歌われる彼女の「剣舞の歌」を聴くと、おそらく賢治が少年の踊り子たちを見た時にも感じたであろう愛惜や、未来への切ない希望を、私も感じます。

2.演奏

 下の演奏は、私が今いちど清六氏のソノシートの歌に立ち返って肉声を繰り返し聴きつつ採譜し、それを「剣舞風」のお囃子(=笛・鉦・太鼓)と融合させて、編曲してみたものです。
 採譜にあたっては、第一にとにかく清六氏の歌を忠実に再現しつつ、第二に自由にテンポが伸び縮みしている箇所のみで、お囃子の一定拍節に合わせて音符長を調整する、ということを原則としました。結果として、佐藤氏採譜の『【新】校本全集』の楽譜とも、また微妙に異なっています。
 歌声は、‘VOCALOID’の男声 KAITO です。鉦と太鼓の音は、はたして「ダー、スコ、ダー、ダー」と聴こえるでしょうか。
 笛による最後の旋律は「おまけ」ですが、この歌にも「獅子の星座」や「天のがはら」など星の世界が登場することにちなんでいます。林光氏に倣って、「ここに賢治のサインをもらった」と言えればいいのですが。

  

3.歌詞

夜風とどろきひのきはみだれ
月は射そそぐ銀の矢並
打つも果てるも火花のいのち
太刀の軋りの消えぬひま
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

太刀は稲妻萱穂のさやぎ
獅子の星座に散る火の雨の
消えてあとない天のがはら
打つも果てるもひとつのいのち
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

4.楽譜

(楽譜は『新校本宮澤賢治全集』第6巻本文篇p.358より)