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イギリス海岸の歌

1.歌曲について

 賢治が「イギリス海岸」と名づけて愛した水辺は、彼にとって明るく楽しい思い出と、寂寥や孤独感との両方が、詰まった場所だったようです。
 前者の側面は、たとえば花巻農学校教師時代の短篇「イギリス海岸」に描かれています。
 海のない花巻では、夏になると多くの学校で「臨海学校」が企画されていたのに、貧しい農学校生にはこのようなイベントはありませんでした。そこで賢治は、この北上川の河岸をあえて「海岸」と名づけて、ここでふだん海に親しむ機会の少ない生徒たちと一緒に、夏の日を過ごしたのです。
 いっぽう、晩年の文語詩「〔川しろじろとまじはりて〕」のなかでは、病をかかえた作者はこの川岸で、生きることも死ぬこともできない我が身を責めます。短篇の方で「大きな帽子を冠ってその上をうつむいて歩くなら、影法師は黒く落ちました」と記された自分の影は、「卑しき鬼」と映ります。「イギリス海岸」というハイカラなイメージのかわりに、ここは「修羅の渚」になりました。
 愛着の深い場所であるだけに、賢治にとってはさまざまな感情がこめられていたのでしょう。

 さて、賢治自身の作曲によるこの「イギリス海岸の歌」は、かなり変わったメロディーです。
 これは聴く人に、明るい曲なのか暗い曲なのかわからない奇妙な印象を与えますが、旋律に音階の第三音が含まれていないために、これだけでは長調なのか短調なのか決定されていないことにもよります。また、弾むような付点音符のリズムは楽しそうでもありますが、旋律の最後は主音に降りず、不安定な感じを残します。
 「イギリス海岸の歌」のメロディーが帯びているこのような曖昧さ・両義性は、じつは賢治にとってイギリス海岸という場所がはらんでいる上述のような両義性を、そのまま反映したものなのかもしれません。

 なお、現在北上川畔の「イギリス海岸」には、この歌の歌詞の一部を刻んだ石碑が立てられています。

2.演奏

 下に試みた編曲は、上で述べたような「両義性」のうち、その明るい側面を極端に誇張したものです。ニール・セダカの1959年のヒット曲「おぉキャロル」のサビの旋律が、Meiko の歌うイギリス海岸の歌と絡められます。
 まあこれは一種の「冗談音楽」の範疇に属するものですが、渾然一体となったミスマッチをお楽しみください。

3.歌詞

Tertiary the younger Tertiary the younger
Tertiary the younger Mud-stone
あをじろ日破れ あをじろ日破れ
あをじろ日破れに おれのかげ

Tertiary the younger Tertiary the younger
Tertiary the younger Mud-stone
なみはあをざめ 支流はそそぎ
たしかにここは修羅のなぎさ

4.楽譜

(楽譜は『新校本宮澤賢治全集』第6巻本文篇p.336より)