成瀬金太郎の生家

20220117a.jpg 成瀬金太郎(1896~1994, 右写真は『成瀬金太郎小伝』より)は香川県神山村(当時)の出身で、盛岡高等農林学校農学科第二部における賢治の同級生でした。
 成瀬自身は、その入学時の心境を、次のように綴っています。

 大正四年四月、漸く春めき初めた香川鹿庭から東北岩手の盛岡へ勉強に単身旅立つ事は覚悟の上とは云え勇気を以て出発。愈々盛岡駅に下車、北上川を渡り白雪の岩手山を仰ぎつつ上田の高農自啓寮に落着いた時、初めて先輩の親切友情の有難さをしみじみ感じた。
 一室に六名内二名は三年と二年の先輩で何かと親切に指導されるので安心この上なし。週一回茶菓でコンパが催され、また新入生歓迎会が食堂で盛大に行われ、各室毎に独特の芸能が披露されてその間個人の特技が飛び出して楽しい一夜を過す。(『成瀬金太郎小伝』p.34)


ひるのたびぢの遠ければ…

 昨年のクリスマスには、「賢治と Miss Gifford の会話」という記事において、口語詩「〔あかるいひるま〕」と文語詩「〔けむりは時に丘丘の〕」に記された二人の会話について検討してみました。今回は、この「〔けむりは時に丘丘の〕」の内容について、もう少し考えてみたいと思います。

 下記が、その文語詩定稿です。

けむりは時に丘丘の、      栗の赤葉に立ちまどひ、
あるとき黄なるやどり木は、   ひかりて窓をよぎりけり。

(あはれ土耳古玉タキスのそらのいろ、 かしこいづれの天なるや)[E]
(かしこにあらずこゝならず、  われらはしかく習ふのみ。)[F]

(浮屠らも天を云ひ伝へ、    三十三を数ふなり、
 上の無色にいたりては、    光、思想を食めるのみ。)[G]

そらのひかりのきはみなく、   ひるのたびぢの遠ければ、
をとめは餓えてすべもなく、   胸なるたまをゆさぶりぬ。


 お正月休みの間に、栗原敦さんが近年の研究を集成された大著『宮沢賢治探究』上・下を読みました。
 昨年夏に上梓されてから、折に触れて興味を引かれた論考をぽつぽつと拾い読みしていたのですが、今回あらためて全体を通読する機会が持てて、賢治の世界に対する栗原さんの深い洞察にたっぷりと接することができ、新年早々とても幸福な時間を過ごすことができました。

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 あけましておめでとうございます。
 気がついてみたら昨年もコロナ禍のうちに終わってしまい、イーハトーブに足を運べない日々が続く私としては恋しさが募るばかりですが、今年こそ、何とか訪ねたいものだと思っております。

 本年も、どうかよろしくお願い申し上げます。

 今年の最初の記事は、盛岡高農時代の短歌と「シグナルとシグナレス」についてです。


20211220a.jpg 先週届いた『賢治研究』第145号の巻頭には、富山英俊さんの論考「口語詩「〔あかるいひるま〕」と文語詩「〔けむりは時に丘丘の〕」でのキリスト教徒女性との対話」が掲載されていて、私はとても興味深く拝読しつつ、多くのことを学ばせていただきました。

 その標題のように、この論文は賢治の口語詩「〔あかるいひるま〕」およびそれと同じ題材による文語詩「〔けむりは時に丘丘の〕」に描かれている、賢治とアメリカ人女性との間で交わされた会話の内容について、考察するものです。

 まずは、口語詩「〔あかるいひるま〕」の方から見てみましょう。


20211205a.jpg 若い頃ある時期までの賢治が、「〈みちづれ〉希求」とも言うべき独特の対人感情を抱いていて、それが周囲の特定の人々への強い思い入れにつながったのではないかということを、以前から私は考えてみています(記事「「〈みちづれ〉希求」の挫折と苦悩」や「「〈みちづれ〉希求」の昇華」など)。

 今日は、賢治のその感情の特徴について、もう少し考えてみたいと思います。


トシの墜落

 「〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕」という詩断片は、読むたびにその美しさと真摯さに心打たれます。

〔冒頭原稿なし〕
堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます。
実にひらめきかゞやいてその生物は堕ちて来ます。

まことにこれらの天人たちの
水素よりもっと透明な
悲しみの叫びをいつかどこかで
あなたは聞きはしませんでしたか。
まっすぐに天を刺す氷の鎗の
その叫びをあなたはきっと聞いたでせう。

けれども堕ちるひとのことや
又溺れながらその苦い鹹水を
一心に呑みほさうとするひとたちの
はなしを聞いても今のあなたには
たゞある愚かな人たちのあはれなはなし
或は少しめづらしいことにだけ聞くでせう。

けれどもたゞさう考へたのと
ほんたうにその水を噛むときとは
まるっきりまるっきりちがひます。
それは全く熱いくらゐまで冷たく
味のないくらゐまで苦く
青黒さがすきとほるまでかなしいのです。

そこに堕ちた人たちはみな叫びます
わたくしがこの湖に堕ちたのだらうか
堕ちたといふことがあるのかと。
全くさうです、誰がはじめから信じませう。
それでもたうたう信ずるのです。
そして一さうかなしくなるのです。

こんなことを今あなたに云ったのは
あなたが堕ちないためにでなく
堕ちるために又泳ぎ切るためにです。
誰でもみんな見るのですし また
いちばん強い人たちは願ひによって堕ち
次いで人人と一諸に飛騰しますから。

         一九二二、五、二一、


 ご存じのように宮澤賢治には、人間以外の生き物を主人公とした童話が、たくさんあります。
 猫が仕事をする官衙を描いた「猫の事務所」、蛙たちが活躍する「蛙のゴム靴」や「カイロ団長」、鳥たちの心理に分け入る「二十六夜」や「烏の北斗七星」など、これらの物語に共通するのは、その作品世界は主人公である生き物を中心とした視点で構築されている、ということです。たとえ人間が登場しても、そこで人間はあくまで主人公たちの基準で彼らの側から見られており、その世界の周縁部に位置付けられるにすぎません。たとえば蛙たちは、話題の一つとして人間を取り上げることもありますが、「ヘロン」という蛙独自の言葉で呼んでいます。梟にとって人間は、あまりに残酷な殺戮者です。「朝に就ての童話的構図」という小さくも美しい童話では、徹頭徹尾「蟻」を中心に、その視点から見た世界が描かれます。

 一方、「〔ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記〕」は、人間ではない「ばけもの」が主人公のお話であり、終始「ばけもの世界」において物語が進行することにおいては上記と同じです。
 しかし、彼らの世界と人間世界の関係性については、上の生き物たちのお話と重要な違いがあります。


20211010a.jpg 国会図書館デジタルコレクションに、『盛岡高等農林学校図書館和漢書目録』という本が収められています。これは、1934年(昭和9年)3月の時点で同校の図書館が所蔵していた和漢書の、総目録です。図書の総数は書かれていませんが、ページ数からざっと見積もると、1万数千冊くらいになるでしょうか。
 宮澤賢治が盛岡高等農林学校に在籍していたのは、1915年4月の入学から1918年8月の研究生退学までですが、この期間までに刊行されいてる書籍を目録で見れば、賢治在学時の図書館の蔵書がどういう内容だったのか、すなわちどんな本を賢治が目にした可能性があるのかということも、概ね見当を付けることができます。

 先日、この目録を何となく眺めていたところ、1908年(明治41年)に刊行された加藤咄堂著『心の研究』(森江書店)という本が、目にとまりました(同書p.354)。