五〇六

     〔そのとき嫁いだ妹に云ふ〕

                  一九二五、四、二、

   

   そのとき嫁いだ妹に云ふ

   十三もある昴の星を

   汗に眼を蝕まれ

   あるひは五つや七つと数へ

   或ひは一つの雲と見る

   老いた野原の師父たちのため

   老いと病ひになげいては

   その子と孫にあざけられ

   死にの床では誰ひとり

   たゞ安らかにその道を

   行けと云はれぬ嫗のために

     ……水音とホップのかほり

       青ぐらい峡の月光……

   おまへのいまだに頑是なく

   赤い毛糸のはっぴを着せた

   まなこつぶらな童子をば

   舞台の雪と青いあかりにしばらく借せと

     ……ほのかにしろい並列は

       達曾部川の鉄橋の脚……

   そこではしづかにこの国の

   古い和讃の海が鳴り

   地蔵菩薩はそのかみの、

   母の死による発心を、

   眉やはらかに物がたり

   孝子は誨へられたるやうに

   無心に両手を合すであらう

        (菩薩威霊を仮したまへ)

   ぎざぎざの黒い崖から

   雪融の水が崩れ落ち

   種山あたり雲の蛍光

   雪か風かの変質が

   その高原のしづかな頂部で行はれる

     ……まなこつぶらな童子をば

       しばらくわれに借せといふ……

   いまシグナルの暗い青燈

 

 


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