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伊与原新『青ノ果テ』

 例年ならイーハトーブに出かけているお盆休みですが、今年はどこへ行くあてもなく、せめて本の世界で旅ができたらということで、花巻を舞台とした青春ミステリー『青ノ果テ──花巻農芸高校地学部の夏──』を読んでみました。

青ノ果テ :花巻農芸高校地学部の夏 青ノ果テ : 花巻農芸高校地学部の夏
伊与原 新 (著)

新潮社 (2020/1/27)

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20200813a.jpg 子供の頃に読んだ『エルマーのぼうけん』から『指輪物語』に至るまで、私はなぜか本の口絵のところに「地図」が付いているお話が好きだったもので、この本にも、右のような地図が掲載されていますから、読む前からワクワクしてきます。
 主人公たちが在籍している「花巻農芸高校」は、右下の地図を見ていただいたらわかるとおり、花巻空港の脇に実在する「花巻農業高校」の場所にあって、いろいろな点でこの賢治ゆかりの学校を、忠実に再現しています。生徒はみんな賢治のことを「賢治先生」と呼び、主人公はこの高校の「鹿踊り部」に所属しているといった具合です。

 そして物語は、ある日この高校に、茶髪で標準語を話す転校生が現れるところから始まります。その時、校舎の窓ガラスが一斉にがたんと鳴ったというのですから、賢治ファンにはたまらない導入です。

 初めのうちは、高校生たちの何気ない日常の描写が続くように見えますが、主人公の幼なじみの女生徒が、ある日姿を消してしまうという事件によって、話はがぜん佳境に入っていきます。その謎を胸に、3人の地学部員が上の地図にあるような岩手県の広範囲を、賢治と地学の関連を探りつつ「巡検」して行くというロードノベルへと、物語は展開していくのです。
 作者の伊与原新さんは、地球惑星科学の博士課程を修了されたという方で、「地学」の専門知識をふんだんに盛り込みながら、終盤は「銀河鉄道の夜」のカムパネルラの死が、重要なモチーフになっていきます。
 ちなみに、タイトルの「青ノ果テ」という言葉は、「オホーツク挽歌」の次の一節から来ているんですね。

それらの二つの青いいろは
どちらもとし子のもつてゐた特性だ
わたくしが樺太のひとのない海岸を
ひとり歩いたり疲れて睡つたりしてゐるとき
とし子はあの青いところのはてにゐて
なにをしてゐるのかわからない

 主人公と、幼なじみの女生徒と、転校生は、それぞれが「喪失」を抱えていたわけです。

 ということで、「花農」の地学部に巻き起こったこのひと夏のミステリーは、賢治ファンの皆様の夏休みの読書に、ぜひともお薦めしたいと思います。
 登場人物は、高校2年生で「鹿踊り」に打ち込む主人公も、その幼なじみの女の子も、それから地学に情熱を燃やす先輩の部長も、顧問を引き受けてくれた賢治に詳しい国語の先生も、みんなそれぞれ魅力的なのですが、私としては、地学部ただ一人の1年生で賢治オタクの川端文緒さんが、何とも心に残りました。

 この夏は実際の旅行はできませんでしたが、そのかわりにこの物語とともに、三陸海岸や種山ヶ原や岩手山を、バーチャルにめぐることができた感じです。