例年ならイーハトーブに出かけているお盆休みですが、今年はどこへ行くあてもなく、せめて本の世界で旅ができたらということで、花巻を舞台とした青春ミステリー『青ノ果テ──花巻農芸高校地学部の夏──』を読んでみました。
青ノ果テ : 花巻農芸高校地学部の夏 伊与原 新 (著) 新潮社 (2020/1/27) Amazonで詳しく見る |
子供の頃に読んだ『エルマーのぼうけん』から『指輪物語』に至るまで、私はなぜか本の口絵のところに「地図」が付いているお話が好きだったもので、この本にも、右のような地図が掲載されていますから、読む前からワクワクしてきます。
主人公たちが在籍している「花巻農芸高校」は、右下の地図を見ていただいたらわかるとおり、花巻空港の脇に実在する「花巻農業高校」の場所にあって、いろいろな点でこの賢治ゆかりの学校を、忠実に再現しています。生徒はみんな賢治のことを「賢治先生」と呼び、主人公はこの高校の「鹿踊り部」に所属しているといった具合です。
そして物語は、ある日この高校に、茶髪で標準語を話す転校生が現れるところから始まります。その時、校舎の窓ガラスが一斉にがたんと鳴ったというのですから、賢治ファンにはたまらない導入です。
初めのうちは、高校生たちの何気ない日常の描写が続くように見えますが、主人公の幼なじみの女生徒が、ある日姿を消してしまうという事件によって、話はがぜん佳境に入っていきます。その謎と不安を胸に、3人の地学部員が上の地図にあるような岩手県の広範囲を、賢治と地学の関連を探りつつ「巡検」して行くというロードノベルへと、物語は展開していくのです。
作者の伊与原新さんは、地球惑星科学の博士課程を修了されたという方で、「地学」の専門知識をふんだんに盛り込みながら、終盤は「銀河鉄道の夜」のカムパネルラの死が、重要なモチーフになっていきます。
ちなみに、タイトルの「青ノ果テ」という言葉は、「オホーツク挽歌」の次の一節から来ているんですね。
それらの二つの青いいろは
どちらもとし子のもつてゐた特性だ
わたくしが樺太のひとのない海岸を
ひとり歩いたり疲れて睡つたりしてゐるとき
とし子はあの青いところのはてにゐて
なにをしてゐるのかわからない
主人公と、幼なじみの女生徒と、転校生は、それぞれが「喪失」を抱えていたわけです。
ということで、「花農」の地学部に巻き起こったこのひと夏のミステリーは、賢治ファンの皆様の夏休みの読書に、ぜひともお薦めしたいと思います。
登場人物は、高校2年生で「鹿踊り」に打ち込む主人公も、その幼なじみの女の子も、それから地学に情熱を燃やす先輩の部長も、顧問を引き受けてくれた賢治に詳しい国語の先生も、みんなそれぞれ魅力的なのですが、私としては、地学部ただ一人の1年生で賢治オタクの川端文緒さんが、何とも心に残りました。
この夏は実際の旅行はできませんでしたが、そのかわりにこの物語とともに、三陸海岸や種山ヶ原や岩手山を、バーチャルにめぐることができた感じです。
コバヤシトシコ
この夏、本当に花巻も東京も京都も遠くなってしまいました。
バーチャルにイーハトーブを訪ねることができ、内容も賢治に近い世界のようで、読んでみたいと思います。グループの通信で、新刊書の紹介を担当しているので、利用させていただきます。
昔、息子がバーチャル本やRPGしか読まず、気を揉んだことをふと思い出しました。
hamagaki
コバヤシトシコ様、いつもありがとうございます。
この物語の後半は、花農地学部の夏の合同研究として、「イーハトーブとは、どこか?──宮沢賢治の地学的世界をめぐる」というテーマで、賢治にゆかりの岩手県各地を部員たちが旅する、という趣向になっているのですが、先々で描かれる岩手の風物が、読んでいて何とも「懐かしく」感じられました。
私自身、最後に岩手に行ったのは去年の9月で、まだ1年もたっていないのに、やはりとても「遠くにある」ような気持ちになってしまっています。
京都では今晩、「五山の送り火」が点灯されるのですが、今年は規模を大幅に縮小して文字や図柄にはならないそうで、寂しいお盆の終わりです。
猛暑が続きますが、どうかお体にお気を付け下さい。
コバヤシトシコ
遅くなりましたが、『青ノ果テ』読ませていただきました。本当に賢治の世界で溢れていました。
私も昨年行った、物見山や木細工小学校へのコースを自転車で廻るという若さ、輝いています。
「銀河鉄道の夜」でジョバンニが汽車に乗り込む場所が岩手山から八幡平への縦走路の途中にあるという設定は、とても新鮮でした。
そして、「誰でもカンパネルラになり、ザネリになりうるのだ」という言葉も、初めて気づかされた気がします。
父親が息子に残したノートの言葉には自分はこんなに息子に伝えられるだろうか、と思い、十三年前の悲劇で締めくくるミステリーも見事だと思いました。
hamagaki
コバヤシトシコさま、書き込みをありがとうございます。
記事でお薦めしていた立場上、読んで気に入っていただけたということで、私も嬉しかったです。
「誰でもザネリになる可能性はあるし、カムパネルラになる可能性だってある」(p.258)という言葉は、ほんとうに深いですね。
ところで、私は夏にはこの本を読んで、岩手の旅行をしたような気分を味わいましたが、実は今月下旬の連休に、今年初めての岩手旅行を一人でしてみようかと、宿や交通機関の予約をしているところです。
ところがまた全国的に、コロナの感染者数が急激な増加を見せており、予約をキャンセルすべきかどうか、これからしばらくかけて悩むことになりそうです……。
コバヤシさまも、どうかお体にお気をつけ下さい。