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ネネムからブドリへ

 賢治が1922年(大正11年)頃に書いたと推定されている「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」は、いったん草稿が成立した後にまた手入れが行われ、一部は晩年の「グスコーブドリの伝記」の草稿へと生まれ変わっていきます。物語の全体像としては対極的なまでに異なるこの二つの作品ですが、設定や細かいエピソードは共通していて、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」は、「グスコーブドリの伝記」の、最も古い形の先駆形と言えます。
 形式の上では、そのとおりです。たしかにこの二つの作品は、お話の「容れ物」としてはつながっているのですが、ただその中身においては、あまりにも正反対にかけ離れた内容なものですから、いったい作者はどういう思いで前者を後者へと「発展」させたのかという疑問は、私にはどうしても深くつきまとっていました。
 物語の奥底において、この二つをつなぐものは、いったい何なのでしょうか?

 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の最後の場面で、得意の絶頂にあったネネムが犯してしまったのは、「出現罪」でした。
 「出現罪」というのは、「ばけもの世界」に棲んでいるばけものが、故なくして「向ふ側」=人間世界に姿を現してしまうという罪のことで、ばけもの世界裁判長となったネネムは、ザシキワラシやウウウウエイの出現罪を裁き、最後は自分も足を滑らして、自らこの罪を犯してしまうという羽目に陥ります。
 なぜ、ばけものの「出現」は罪なのか? これについて見田宗介氏は、次のように書いています。

 ザシキワラシは、日本国岩手県のある家の八畳間に風を入れたくてたたみの掃除をしていたために、その家の子どもを気絶させてしまう。ウウウウエイはアフリカ、コンゴの林中で、月夜の晩の土地人の舞踏があまり面白いので、ついつりこまれて踊り出て一群を恐怖散乱せしめるのである。ザシキワラシのしたことは行為としては善行である。ウウウウエイの行為もいわば天心のふるまいである。善行や天心がなぜ罪になるか。それはかれらの存在じたいが、その異形性ゆえにひとびとに恐怖を与えてしまうからである。
 出現罪とは、行為の罪でなく存在の罪である。心やさしいバケモノたちは、自分たちがまちがって存在してしまうことのないように、人間たちのしらないところで自分たちを裁いているのである。(見田宗介『宮沢賢治』p.139)

 荒唐無稽でユーモラスな「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」の底には、ばけものが背負わされているこのような「存在の罪」の悲しみがあるわけです。そして賢治はこの種の悲しみを、さまざまな作品において主題化しています。「よだかの星」も、「銀河鉄道の夜」で女の子が語る蠍のエピソードも、これを直接的に扱っています。

 さて、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」では、出現罪を犯してしまったネネムは、「あゝ僕は辞職しよう。それからあしたから百日、ばけもの大学校の掃除をしよう。ああ、何もかにもおしまひだ。」と言って泣き、物語は終わりました。

「グスコーブドリの伝記」挿画
棟方志功による「グスコーブドリの伝記」挿画(『新校本全集』第十二巻)

 一方、グスコーブドリの出発点も、ネネムと同じような天真爛漫さでした。物語の冒頭、輝かしい子ども時代を謳歌するブドリとネリは、無邪気に動物や植物たちと交流し、鳥たちとも挨拶を交わします。ブドリが学校へ行くようになると、二人は「森ぢゆうの樹の幹に」その名前を書いて歩いたり、「カツコウドリ、トホルベカラズ」と書いたり、まるで森の裁判官のように、万能感に身をひたしつつ毎日遊んでいたのです。
 しかし、その幼年期の黄金時代は、飢饉によって不意に打ち切られました。家族4人では食べていけないことが明らかになった時、二人の両親は子供たちに食糧を残すために、自ら森の中に姿を消してしまいます。これは「出現」と対極にある「消失」ですが、子供たちを助けるために両親がとったこの行為は、その後のブドリの運命を規定しました。
 すなわち、ブドリにとってみれば、自分がこの世に生きているというそのことが、両親を死に追いやったわけなのです。彼は、「存在の罪」を背負ったのです。

 「グスコーブドリの伝記」の最後で、ブドリが自らの死とともにイーハトーブの農民を冷害から救った行為は、物語の始まりで両親が自分のために命を絶ったことと、ちょうど対になっています。彼のこの行為によって、「このお話のはじまりのやうになる筈の、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといつしよに、その冬を暖いたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのです。」

 すなわち、自らの「存在の罪」に直面した時、ネネムは「何もかにもおしまひだ」と泣くしかありませんでしたが、これに対してブドリは、彼なりに「落とし前」をつけたわけです。
 二つの対照的な物語をつなぐ線があるとすれば、こういうところかな、などと考えます。

 何も、人間は存在しているだけで罪を負うなどということはありえないと、ふつうは思われています。しかしそれでも、宮澤賢治という人は、自分自身に対してある種そのような「存在の罪」を感じつつ生きていたのではないかと、私には思える時があります。