稗貫郡役所→「早池峰と賢治」の展示館

 「郡」という地域の単位は今でもありますが、「県」や「市町村」がそれぞれ自律性を持ったまとまり(自治体)であるのに対して、現在は「郡」が公的に組織として動くわけではなく、いくつかの町や村を包括する単なる地理的区分にすぎません。
 しかし、1890年(明治23年)に公布された「郡制」の規定では、「郡」とは「府県」と「町村」の間の自治体として、「郡長」が任命され、「郡会議員」も選挙されるという、れっきとした自治体だったのです。

 賢治が暮らしていた花巻では、今の花巻森林事務所のあたりに「稗貫郡役所」が置かれていました。下の写真は、1908年(明治41年)の稗貫郡役所です。

稗貫郡役所

 しかし町村にとって郡の存在は、自治の制約になる上に郡費は財政上の負担となるので反対も根強く、結局1923年(大正12年)に郡会が廃止され、1926年(大正15年)には郡長と郡役所も廃止されました。
 ついさっきまで真面目くさって仕事をしていた役所が、急に「廃止」になるとは、これは賢治の「猫の事務所」と同じですね。それでこの「稗貫郡役所」は、「猫の事務所」のモデルとも言われます。
 その後も上の建物は、花巻町・花巻市によって使われていましたが、1963年に旧・大迫町に払い下げられ、解体移築されて町役場の第二庁舎として使用されていました。それがさらに、2008年にもう一度移築され、「「早池峰と賢治」の展示館」としてオープンしました。下写真がそれで、先の連休に撮ってきたものです。

「早池峰と賢治」の展示館

 色はちょっと童話的になっていますが、上の写真と比べていただいたらわかるとおり、昔のままの造りですね。微妙にシンメトリーを崩した玄関や窓の配置が、本当にかわいらしい感じです。

 そして、この建物の2階に行くと、下のような立派な事務長さんが迎えてくれます。

事務長の黒猫

――事務長は大きな黒猫で、少しもうろくしてはゐましたが、眼などは中に銅線が幾重も張つてあるかのやうに、じつに立派にできてゐました。(「猫の事務所」)