その後も忙しくてご報告が遅れましたが、けっきょく去る5月18日(日)に、函館で開かれた賢治セミナーに行ってきました。
ほんとうは17日(土)の、「津軽海峡の船旅」や「夜の函館散歩」にも行きたかったのですが、これはスケジュールの都合で断念し、この日は仕事が終わってから新幹線で東京まで移動して、羽田空港近くのホテルに泊まっていました。
それで、18日(日)の朝7時40分羽田発の飛行機に乗り、函館へ飛んだのです。下写真は、もう本州も北端に近づいた頃、飛行機の左眼下に見えた岩木山です。
9時ちょうどに函館空港に着くと、タクシーに乗って、今日のセミナーの会場である「サン・リフレ函館」という施設に向かいました。車は、やや曇った津軽海峡の海を左手に見ながら走ります。
会場に着くと、受付をすませて資料を受けとって、今日のプログラムの開始を待ちました。
天沢退二郎さんの「「青森挽歌」から北へ」、栗原敦さんの「「函館港春夜光景」を読む」という二本立ての講演なのですが、私としては、現在の賢治詩の研究の代表格でもあるこのお二人の話を聴くべく、今回は函館までやってきたのです。
天沢さんは、いつもの味のある調子で青森から北の鉄道路線をたどり、(途中、「駅」や「停車場」その他の興味深い定義にも言及され)・・・、
栗原さんは、当時の「函館新聞」等のコピーも配布して下さって、この時代の函館公園における花見がどんなに賑やかだったか、それが賢治の作品にいかに反映しているか、ということについてわかりやすく説明してくださいました。
セミナーが終わると、ややあわただしい中でも旧知の方々とのご挨拶をかわし、あるいは初めて off-line でお会いできた方とも名刺の交換などをして、賢治セミナーならではの交流を持つことができました。
周囲の人からは、(ただ半日のプログラムのために)よくぞまあ関西から北海道まで来たものですね、というような「感嘆」とも「呆れ」ともつかないような言葉を、(光栄にも)かけていただきました。私はその場では、もぞもぞと適当なことを答えておりましたが、あらためて胸に手を当てて考えてみると、やはり「好きですから!」としか言いようがないですね。
その後、私は残念ながら帰りの予定が詰まっているので、皆さんと別れて会場を後にし、また函館空港から飛行機に乗った次第です。
函館空港
かぐら川
nenemuさんは、陸路+高速フェリーでしたが、hamagakiさんは、鶴のマークの?飛行機で函館だったのですね。
賢治は私にとってもかけがいのない有縁の人ですが、皆さんとはお会いできないままになりそうです。。。。
hamagaki
かぐら川さま、コメントをありがとうございます。
日記を拝見すると、JALの「鶴」のマークが入った機体が、今月で姿を消すそうですね。個人的には最近とんと見かけなくなっていたので、まだ最近まで就航していたと聞くと、逆に懐かしいような感じもしますが、やっぱり寂しいものですね。
1970年代には、海外で「鶴」のマークのついた機体を見ると、ホッとすると言われたとか・・・。
今回の函館は、私にとってはまさに「とんぼ帰り」でしたが、またいつかどこかで、かぐら川さまとお会いできる日を楽しみにしております。
変わらぬご健康をお祈り申し上げます。