当サイトは「岩手公園」を「岩手公園」と呼びつづけます

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 盛岡市は14日、「岩手公園」の愛称を、「盛岡城跡公園(もりおかじょうあとこうえん)」とすることを決定しました。「愛称」とは言いながら、こちらを一般に浸透させることで、実質的な「改称」にするのが、市当局の真意です。

 明治時代から連綿とつづく由緒ある公園の名前なのに、なぜ今?というのが多くの人々の疑問でしたが、「今年が『盛岡ブランド』形成の元年であり、開園100周年に当たることから同公園の名称を変更する」(盛岡市)というのが、当初からの方針だったんだそうですね。

 それにしても、盛岡市、岩手県内の他の市町村、県外在住でも岩手公園に関心を持つ多くの人々を巻き込んで、揺れに揺れた数ヵ月でした。
 てっきり私はまた、「愛称」などというからには、「しろあとパーク盛岡」だの、「もりおか・しろあとぴあ」(笑)だの、今風の「きたいな」名前を付けてくるんじゃないかと身ぶるいして待っていたのですが、先月に「6案に絞った」というところあたりで肩すかしをくったような感じで、決まってみればこの通りでした。

 市民からのアンケート回答の一つに、「(最終案の)2案ともセンスがない」とあったそうですが、まあその感は否めないと言っても過言ではないと言うこともあながち誇張ではないかもしれません。
 だいたい、この「愛称」は漢字6文字でできていますが、「盛岡・城跡・公園」と区切ってもおかしくなりますし(「じょうあと」って何?)、「盛岡城・跡公園」でもありませんし、結局、「盛岡城・跡・公園」と、頭のなかで分節しなければならないところが、語調としておさまり悪い感じです。


 ・・・などと、グチばかり言っていてもしょうがありませんが、しかしこの「愛称」というのは、人々が使えば浸透するし、使わなければ忘れられていくかもしれないわけですよね。
 その昔、「国電」の愛称を「e電」とする、とJRが発表したことを思い出す私は、古すぎるでしょうか・・・。

 少なくとも、宮澤賢治の作品をあつかう当サイトとしては、今後も彼のテキストに従って、「岩手公園」は「岩手公園」と呼びつづけるしかないのだということを、謹んでここに申し上げます。

 最後に、賢治の名作をどうぞ。その詩碑は、岩手公園の北東の一角にあります。


  岩手公園

「かなた」と老いしタピングは、  杖をはるかにゆびさせど、
東はるかに散乱の、        さびしき銀は声もなし。

なみなす丘はぼうぼうと、     青きりんごの色に暮れ、
大学生のタピングは、       口笛軽く吹きにけり。

老いたるミセスタッピング、    「去年(こぞ)なが姉はこゝにして、
中学生の一組に、         花のことばを教へしか。」

孤光燈(アークライト)にめくるめき、       羽虫の群のあつまりつ、
川と銀行木のみどり、       まちはしづかにたそがるゝ。